全くの遅ればせながらですが、『十三人の刺客』(三池崇史監督/役所広司主演)をDVDで観ました。
本当に遅れていますが・・・。
公開当初、「斬って、斬って、斬りまくれ!!!」の主演・役所広司さんのスポットCMでのセリフが印象的な映画で、それなりに話題になった映画だったと思います。
セリフ通りの最終番の殺陣のシーンは、最近の「時代劇」映画の中では群を抜くつくりで見ごたえがありました。ただ、難をいえば「長い」。
そもそも、13人で130人以上の相手を「斬りまくる」設定は無理があり、あの「7人の侍」でさえ、相手は4~50人だったと思います。それに、全員は斬り殺していないし・・・。
そんな訳で、なかなか結末のSMAPの稲垣吾郎演じる悪~い「大名」を斬るまでに、少し疲れてしまいました。
それはともかく、この斬りあいのシーンを少し短くして、もう少しこの時代の「武士」について語るシーンを増やして欲しかったと思います。
時代設定的には、幕末維新の20数年前あたりで、すでに「武士」は「武士」としての役割を終えつつある時代でした。
そもそも1614年の大坂の陣以降、徳川幕府によってもたらされた江戸時代は、とても平和で穏やかな時代で、武士はすでにその役目を終えていたと言えます。
平安の世の武士階級は、非生産的な階層で支配階級と言えば聞こえはいいですが、むしろ、農民にたかる「寄生虫」的な存在にすぎませんでした。
それから約200年。
映画『武士の家計簿』でも描かれていましたが、武士の生活は変わり行く社会についていけず、インフラが進んでいた時代に、実のところは「没落」寸前でした。
そんな時代を背景に「明治維新」は行われていたのです。
そんな時代の「武士道」は、決して主君に対する「忠義」を通すだけではなく、新たな時代に向かって「国を動かす」ことでもあり、人々のための新たな国づくりをするということも意味していたのです。
そんな時代に、いまだに暴君であり続け、家臣や民を苦しめる「大名」を斬る役目をおった、徳川旗本出身の目付けが役所広司さんの役回りです。
彼の道理は単純で、天下万民のため悪大名を斬ることであり、かたや市村正親さん演じる悪~い「大名」の家臣の間には、相容れないものがあり対立の構造は明白なのですが、イマイチ説得力が無い。
幕末、明治維新時の幕臣と志士との関係になぞらえることもできるでしょうが、抱える「大儀」がイマイチピンと来ませんでした。
やはり、最後の殺陣のシーンが長すぎて単なる人殺し映画になってしまったきらいがあります。
逆に、それが狙いだったとは言わないと思いますが、かつて「新撰組」が長い間単なる人殺し集団と歴史的に位置づけられていたのと同じになっては残念です。
何事もやりすぎはいけないのでしょう。「斬りすぎ」はいけません。
映画的な面白さも必要ですが、「鬼平犯科帳」のような「機微」をもう少し盛り込んで欲しかったと思います。
観る方の勝手を言ってますが・・・、そんな、感じでした。
それでは、また。