今回の福島第一原子力発電所の事故は人災だ、人災だ、とよくいわれる。
しかし人災ということばも使い方によって意味が大きく変わってくる。どの部分を問題にしようとしているのか、どういう分析にもっていくのかが全く違うと思う。しかしその部分はあまり深く考えられずにとんでもない方向に議論をもっていく人々が大勢いるように思う。
多くのメディアで当時の首相である菅直人がこの福島第一原発の事故を引き起こした張本人であるかのように、さんざん叩かれている。
しかし私は、この意見に賛同しない。
どういうことか説明していきたい。
人災ということばだが、人間が原因で災害が発生したという意味である。
今回の原発事故を人災という場合においても、どの部分を指して人災というのかで意味合いが違う。
1.福島第一原子力発電所を建てたこと自体が事故の原因であり、それが人災だという意見。
2.福島第一原子力発電所を建てたこと自体は問題ではないが、津波への対応や全電源喪失(オールステーションブラックアウト)への対応など、緊急時に対する準備、対応をしてこなかったことが、事故の原因であり、それが人災だという意見。
3.福島第一原子力発電所を建てたこと自体や、緊急時への準備が足りなかったことなどはたいした問題ではなく、事故の原因ではない。それよりも実際に今回の地震と津波が起きた以後の対応に問題があり、それが事故の真実の原因であり、そういう意味で人災だったのだとする意見。
この中で、3.の問題、つまり事故当時の対応が問題だったのだ、特に政治家が悪かった、その中でも特に菅直人首相が問題だったのだ、とんでもなかったのだという意見がよくみられている。青山繁晴氏もこの意見だ。
私はこの意見はまったく違うと思う。
たとえば菅直人首相が現場を視察していることが批判されているが、現場を視察しなかったのならば、どうだっただろうか。( しなかったということで、批判されたのではないかと私は思う。)
では現場を視察しなかったら、水素爆発は起こらなかったのか。注水をめぐる指示が若干、混乱したが、混乱しなければ、水素爆発は起こらなかったのか。
そうではない。
菅直人首相が現場を視察しなかったとしても、注水指示がずっと一貫したものであっても、水素爆発は起きたのだ。
それはベントの配管の問題である。ベントの配管が外部まで直通のものでなかったので、ベントすることで核納容器内部の非常に高い圧力の空気、水素、水蒸気などが外部にも排出されたが、建屋にも逆流してきて、建屋内部に水素が溜まり、ベントから一時間後に、ベントできたにもかかわらず、建屋が水素爆発で吹き飛んだのだ。
これは菅直人首相の指示や行動、言動とは、まったく関係ないことである。
単純にベントの配管構造を経費節減のために、いいかげんにつくっていた東京電力に責任がある。
スイスの原子力発電所では、ベントの配管は緊急用だから、当然外部まで一本でできているので、逆流しない。さらにベントを使うのは緊急時だから、停電時でも使えるように、手動で遠隔操作であけられるようになっている。さらにベントをすれば放射性廃棄物が外部に出るので、そのためにフィルターを装備して、事故の際にも、放射性廃棄物が最小限度しか出ないで済むようになっている。さらに事故に備えての緊急訓練をしている。
ところが一方の日本の東電は、ベントは電気で動かすもので、停電になったら、現場まで行かないとあけることができない構造で、外部まで他の配管を兼用していたりするので、逆流の危険があり、さらに、事故のことは想定していないので、フィルターは一切なく、訓練すらおこなっていなかった。そのためにベントのためにハンドルをまわした作業員も今まで一度もやったことがなかったので、何回まわせばベントできるのか、全く分からなかったといっている。 そしてベントにはフィルターもなかったので、放射性物質が大量に環境にまき散らされた。
そして今回の福島の事故をテレビで見ながら、衝撃を覚えたという。あまりにも津波、地震に対する備えがないことにだそうだ。
確かにそんなに頻繁に起きることではない。しかし日本は世界有数の地震国だ。当然、地震に対して、津波に対して、備えがあって当然だと思っていた。1980年代以後、全電源喪失(オールステーションブラックアウト)は原発事故の一番起きる可能性の高いものになったから、備えがあって、当然だと思っていた。しかし福島には何もなかった、それが衝撃だった、とスイスの学者が言っている。
こういう意見が主流になっていけば、人災は人災であっても、3の意味ではなく、2の意味での人災になってしまう。そうなったら、東電がつぶされるかもしれない。原子力村自体の問題が浮き彫りになってしまう。
だから東京電力や、原子力村の人々が、意識して、もしくは意識しなくても、、3の意味での人災にしようと、世論誘導に必死なのだ。そこにたまたま立っていたのが、菅直人首相だったのだと思う。
かつて青山繁晴氏は、中川財務大臣が酒を飲んで国際会議に出席して酒に酔ってろれつが回らない状態になって、インタビューに答えた問題について、この中川氏を全力で守った。中川氏も悪いと一応、批判したかたちをとりながら、それ以上の悪があった、といい、そして中川氏は国際会議で大きな日本の貢献を明確にしたと業績を評価した。
わたしは、菅直人首相を評価する。彼が出した意味のある指示はふたつ。東京電力が福島からの完全撤退の許可を求めたことに対して、絶対にダメだ。撤退するな、と言ったこと。そして吉田所長に対して、ベントを急げ、決死隊をつくってでもやれ、と言ったことだ。
このふたつは、まったく正しい。
この部分の混乱を、針小棒大にして、菅直人首相にのみ、責任を押し付けようとしている、そして東京電力の責任を結果的に軽減し、放射能被害を少なくみせようとしている人が多すぎる。
それは当たり前だろう。もしも全員撤退の考えがありました、などと言ったら、東京電力に対しての世間からの批判、非難が集中してとんでもないことになる。だから、「全員撤退の考えはなかった、それは菅直人元首相の誤解だ」というのだろう。
しかし、本当はどうだったのだろうか。もしも東京電力の主張どおり、必要な人数を残して、残りの不必要な職員は撤退する、とかいう内容は、当たり前の対応であって、東京電力のトップがわざわざ首相に許可を求めたり、報告したりする内容だろうか。
もしも菅直人が首相ではなく、人材派遣会社だったら、報告すべきことだろう。しかし菅直人は人材派遣会社ではない。もしもこんなことまで報告するのだったら、何から何まで報告していなければおかしい。
ありえないことだ。
東京電力は、一時、全面撤退を考えた、しかし、菅直人首相の怒りに触れて、これはまずいと思って、それは誤解だった、と言い逃れをしているというのが、真相だろう。




