夏の簒奪者
夏至から11日目 7月2日より [夏至]の末候『半夏生』が始りました。
「半夏生/ハンゲしょうず」と『半夏/ハンゲ』が生える……そのままの意味だそうです。
問題なのが、この『半夏』
お隣 中国の名前で 日本語では、
『烏柄杓/カラスビシャク』と云うサトイモの仲間
漢方薬等にも使われているから
『半夏/ハンゲ』という字面を御存じかもしれません。
彼が『半夏生』の主役を張るべきモノでしたが、
この、主役の座を『簒奪』した
雑草界の『斎藤道三』がいます。
ドクタミの仲間で緑の葉っぱの半分が白く
脱色されています。
半分だけ白粉叩(はた)いた様なので
『半化粧』……
『半夏生』と『半化粧』どちらも「ハンゲショウ」
『半夏』が畔や道脇に生えているのに対して
湿気の多い空地や裏庭等で半白の葉っぱが密生する『半化粧』の方が目立ちます。
それに『半夏生』の空から毒気が降ってくると云う
言伝えで 葉っぱが半分毒気にあてられた……と、思えてきます。
それに、ドクダミの独特な臭いも
「ハンゲ」の毒気を臭わしている気がします。
斯くして、七十二候の『半夏生』の座を
「半夏」は「半化粧」に奪いとられたのでした。
………………幼少の、私の中では
『半夏生』の時期です タコ等食べて「タウリン」補給 夏バテ防止に役立てて下さい。
今日はこの辺りで……
「半夏生/ハンゲしょうず」と『半夏/ハンゲ』が生える……そのままの意味だそうです。
問題なのが、この『半夏』
お隣 中国の名前で 日本語では、
『烏柄杓/カラスビシャク』と云うサトイモの仲間
漢方薬等にも使われているから
『半夏/ハンゲ』という字面を御存じかもしれません。
彼が『半夏生』の主役を張るべきモノでしたが、
この、主役の座を『簒奪』した
雑草界の『斎藤道三』がいます。
ドクタミの仲間で緑の葉っぱの半分が白く
脱色されています。
半分だけ白粉叩(はた)いた様なので
『半化粧』……
『半夏生』と『半化粧』どちらも「ハンゲショウ」
『半夏』が畔や道脇に生えているのに対して
湿気の多い空地や裏庭等で半白の葉っぱが密生する『半化粧』の方が目立ちます。
それに『半夏生』の空から毒気が降ってくると云う
言伝えで 葉っぱが半分毒気にあてられた……と、思えてきます。
それに、ドクダミの独特な臭いも
「ハンゲ」の毒気を臭わしている気がします。
斯くして、七十二候の『半夏生』の座を
「半夏」は「半化粧」に奪いとられたのでした。
………………幼少の、私の中では
『半夏生』の時期です タコ等食べて「タウリン」補給 夏バテ防止に役立てて下さい。
今日はこの辺りで……
夏至の是非
6月21日は、一番お日様が作る影の面積が小さくなる日です。
(あくまで、北半球限定です 悪しからず)
英語では Summer Solstice と云うそうですが
印欧語族が南半球に乗り出した時点で
(summer)だけで無くなってしまったんですよね
そんな中、欧州 特に北欧では夏至や夏至の前夜祭を
待ち焦がれているようです。
で、フッ っと気になったのが
『暦大好き日本人(勝手に命名しました、悪しからず)』が大型定番行事の『夏至』に対して、
なんと粗略な扱いをしているのでしようか?
『春分.秋分』は、祝日扱いだし
『冬至』は、カボチャ食べたり 柚子湯に入ったり
身体の悪いところを治しに温泉に浸かったり……?(失礼、それは『冬至』じゃなくて『湯治』でした。)
そんな、こんなでイベントめじろ押しなのに対して
夏至のイベントをググってみると、
私の拙き検索能力では『三重・二見興玉神社』の夏至祭が有名で
夏至の頃に 『二見浦の夫婦岩』の朝日が上がるそうです。
夏至の11日後に『半夏生』もあります。
旧暦新暦混ぜこぜになった『夏越祓い』もあり
イベントの控えている所為か
『二至二分』の中では 寂しげな雰囲気は否めません。
(「カッコー カッコー」あっ 閑古鳥が鳴いてる……)
一方、欧州 特に北欧では『夏至祭』を一年通して
最大行事として執り行われる処もあります。
[スカンディナヴィア諸国/ノルウェー.スウェーデン.デンマーク.フィンランド]や
[バルト3国/エストニア.ラトビア.リトアニア]や
[ロシア.ウクライナ.ベラルーシ]
英国 ポーランド ドイツ オーストリア と軒並に『夏至』を祝福するようです。
やはり、お日様の光と熱を欲しているんでしょうね……
そんな、欧州の『夏至祭』を調べていくうちに
面白い事に気がつきました。
『夏至祭』の開催日なんですが、6月21日.22日
と
実際に一番高い位置迄 お日様が上るのでわかりますが
その次に大いにのが、6月24日の宵から、25日に
かけてと云うイベントが けっこう見られます。
22日を25日に振替え…………
どっかで見たことありませんか?
それとも『25日』があまりもメジャーになってしまって 『22日』のイベントが完全に消えてしまっているかもしれません。
『冬至祭/ユール・ユールタイド』が『クリスマス』に呑み込まれてしまった様に……
夏至祭の『6/21.22』をキリスト教の『聖ヨハネの日』に『6/25』切り替えていったのです。
この、6月25日は聖人ヨハネの誕生日と云われ
キリスト教圏の祝日ですが
愚考しますに『ヨハネ』の『6/25日 誕生日』デマ、捏造だと思います。
聖書に「[ヨハネ]は[イエス]よりも、半年先生まれた。」と、あるそうです。
クリスマスの半年前だから、6/25と云う事に決まったそうです。
元々、[イエス]の[クリスマス(12/25)誕生説]も疑わしいとの事です。
そんな中、何故 二至とずらした祝日にしたのでしょうか?
ゲルマン族の『夏至祭』は『キリスト教』が定着する前から、現在の、6/22日頃に行われていた筈なんです。
夏至や冬至の二至の祀りは、お日様の一番高い位置 一番低い位置 と云う事が一番大切な祀り事なんです。
だから、3日も4日も日延べされたイベントでは
意味がないんです。
キリスト教の敵対勢力 宗教を骨抜きにする為に
最初は 冬至祭を
そして、夏至祭を形骸化して キリスト教に順化させていった…………と、考えるのは
穿ち過ぎでしょうか?
p.s.あくまで、私の歴史対する個人的な一つの思考です。 悪しからず
長くなりましたが、今宵はこの辺りで
オベローンとティターニアのケンカを
想い、ムソルグスキーの『はげ山の一夜』を聴きながら
(あくまで、北半球限定です 悪しからず)
英語では Summer Solstice と云うそうですが
印欧語族が南半球に乗り出した時点で
(summer)だけで無くなってしまったんですよね
そんな中、欧州 特に北欧では夏至や夏至の前夜祭を
待ち焦がれているようです。
で、フッ っと気になったのが
『暦大好き日本人(勝手に命名しました、悪しからず)』が大型定番行事の『夏至』に対して、
なんと粗略な扱いをしているのでしようか?
『春分.秋分』は、祝日扱いだし
『冬至』は、カボチャ食べたり 柚子湯に入ったり
身体の悪いところを治しに温泉に浸かったり……?(失礼、それは『冬至』じゃなくて『湯治』でした。)
そんな、こんなでイベントめじろ押しなのに対して
夏至のイベントをググってみると、
私の拙き検索能力では『三重・二見興玉神社』の夏至祭が有名で
夏至の頃に 『二見浦の夫婦岩』の朝日が上がるそうです。
夏至の11日後に『半夏生』もあります。
旧暦新暦混ぜこぜになった『夏越祓い』もあり
イベントの控えている所為か
『二至二分』の中では 寂しげな雰囲気は否めません。
(「カッコー カッコー」あっ 閑古鳥が鳴いてる……)
一方、欧州 特に北欧では『夏至祭』を一年通して
最大行事として執り行われる処もあります。
[スカンディナヴィア諸国/ノルウェー.スウェーデン.デンマーク.フィンランド]や
[バルト3国/エストニア.ラトビア.リトアニア]や
[ロシア.ウクライナ.ベラルーシ]
英国 ポーランド ドイツ オーストリア と軒並に『夏至』を祝福するようです。
やはり、お日様の光と熱を欲しているんでしょうね……
そんな、欧州の『夏至祭』を調べていくうちに
面白い事に気がつきました。
『夏至祭』の開催日なんですが、6月21日.22日
と
実際に一番高い位置迄 お日様が上るのでわかりますが
その次に大いにのが、6月24日の宵から、25日に
かけてと云うイベントが けっこう見られます。
22日を25日に振替え…………
どっかで見たことありませんか?
それとも『25日』があまりもメジャーになってしまって 『22日』のイベントが完全に消えてしまっているかもしれません。
『冬至祭/ユール・ユールタイド』が『クリスマス』に呑み込まれてしまった様に……
夏至祭の『6/21.22』をキリスト教の『聖ヨハネの日』に『6/25』切り替えていったのです。
この、6月25日は聖人ヨハネの誕生日と云われ
キリスト教圏の祝日ですが
愚考しますに『ヨハネ』の『6/25日 誕生日』デマ、捏造だと思います。
聖書に「[ヨハネ]は[イエス]よりも、半年先生まれた。」と、あるそうです。
クリスマスの半年前だから、6/25と云う事に決まったそうです。
元々、[イエス]の[クリスマス(12/25)誕生説]も疑わしいとの事です。
そんな中、何故 二至とずらした祝日にしたのでしょうか?
ゲルマン族の『夏至祭』は『キリスト教』が定着する前から、現在の、6/22日頃に行われていた筈なんです。
夏至や冬至の二至の祀りは、お日様の一番高い位置 一番低い位置 と云う事が一番大切な祀り事なんです。
だから、3日も4日も日延べされたイベントでは
意味がないんです。
キリスト教の敵対勢力 宗教を骨抜きにする為に
最初は 冬至祭を
そして、夏至祭を形骸化して キリスト教に順化させていった…………と、考えるのは
穿ち過ぎでしょうか?
p.s.あくまで、私の歴史対する個人的な一つの思考です。 悪しからず
長くなりましたが、今宵はこの辺りで
オベローンとティターニアのケンカを
想い、ムソルグスキーの『はげ山の一夜』を聴きながら

