赤西さん





ビジュアルは独立するまで取っときましたね。





20歳の赤西仁のファンになった。


荒波を知らず、ただただ可愛かった「黒沢君」


10年後荒波を乗り越えた20歳の時の「黒沢君」のような30歳の赤西仁。




何かにぶつかると、壊れてしまいそうだった20歳の「黒沢君」。


ぶつかる物がすーっと通り抜けてしまいそうな20歳の「黒沢君」のような30歳の赤西仁。




様々な障害物や不純物の中を通り抜けて出て来た済んだ水のように


静かで透明感のあるすっきりとしたいい表情をしている。




30歳での独立に向けて、出し惜しみをしていた部分はあるだろうが、


芸能界からいなくんってしまうのではないかと、どん底に打ちつけられたこともあった。


溺れ、足掻き、もがき苦しみ、全てのことをクリアした上での今だろう。





Mi Amor メイキング、上海、リリースイベント


よかった(涙)












でも、30歳の赤西仁は黒沢君には見えない。

今日孫娘の七五三のお宮参りに行った。

都合で6日早くなった。

天気も朝から雨でお祝い事の気分ではなかったが、

お参りの最中だけ運よく止んでくれたのでよかった。


ついこの前息子や娘の七五三をしたと思ったが、

彼らも結婚し、娘の子どもの七五三。

早いものだ。


入学式や卒業式、進学や就職、結婚、出産と

節目節目に昔のことを思い出してみるが、

生まれてからそれまでの記憶がない。

それ程必死で、記憶がない程早く通り過ぎていったんだろう。


ジジババは孫に甘いと言うが、確かに責任がなく、

かわいい、かわいいで済む部分はある。

が、子育てをしてみて思うのは、なるようにしかならないと言うことだ。

もちろん最低限の常識は身に付けさせなければならないが(お前が言うな)。

悟りの境地で見守っている。


そして、つくづく思うのは、私の親は実によく孫の面倒を見てくれたと。

同居していたこともあるが、本当によく見てくれた。

子どもの体力は殺人凶器並みで、

娘が仕事で休日あずかると、死にそうになり、

月曜日は放心状態で会社に行くようになる。

親は退職し、隠居生活を送っていたので、時間の余裕はあったと思うが、

その分毎孫達と接する時間が多くなるが、文句ひとつ言わなかった。

自分が孫を持つ年代になって、すごいと敬服する。


孫娘はついこの前まではアンパンマン命だったのが、

今はプリキュアにご執心で、

キュア・プリンセス? フォーチュン? なんちゃらかんちゃら と

回りきらない口で、訳の分からないことを言って、決めポーズをしている。

私は・・・・・・・・付いていけない。


孫の成長は子ども以上に早いんだろうなあ~

ともかく無事七五三が済んでよかった。

Mi Amor 僕には 愛はもったいない


赤西仁のミニアルバムのタイトル曲 Mi Amor のワンフレーズ

Mi Amor 僕には 愛以外 もう歌えない が

私にはこう聞こえていた。


空耳?を弁解する訳ではないが、あの退廃的で暗鬱としたMVの世界観には

「愛はもったない」も、悪くはないのではないかと。


さて、この楽曲もMVもかなり気に入っている。

歌詞は少なく、意味不明だが、

受け取る側が様々にシチュエーションを思い描ける

行間から伝わってくる抽象的な雰囲気を醸し出している。


MVはジャケ写とはかなり異なる印象を受けた。

何故か孤高のギター侍をイメージ。

ジャケ写の摩耗し傷だらけのボディーイメージではなく、

信念を貫くがために他者とは交わらず、

軋轢や苦難の道を敢えて選んだ不屈の強さを感じる。

細いボディーや傷はその勲章とまではいかないまでも証。


そのくせ寂しがりやで心は愛を求め

生き方とは対照的に「もしも叶うなら」

「胸の音」を聞いて欲しいと少年のように哀願する。


抽象的で矛盾したギターがテーマのようだが、

ギターは孤高の男の葛藤や悲哀、願い、全てを奏でる指先から

感受し、知っている楽器であり、武器であり、相棒だろうか。


このMV

当初は上海で見た逞しく鍛えられたボディーで行うつもりだったかもしれないが、

曲やMVのムードにはこの痩せたボディーの方が適しているかもしれない。


HWUから様々なタイプのMVを見せてくれた。

テーマがあるもの、ストーリー性があるもの。

私は今回が一番よい。

すでにファンからは言われているが、赤西仁の世界観。

彼の中に存在する独特の矛盾した個性に合っている。


Happy Born Day brotha!

赤西仁の友人である錦戸亮に対してと思われるハピバツイ。


ちなみに

Happy born day my friend! は

山下智久に対してと思われる。


ちなみに

お誕生日 おめでとー

Your are brother from another mother !  は 

おそらく赤西弟から錦戸亮へ。


始めて出会ってたから15年か~

俺が小学校6年生 笑

Happy birth day

お兄ちゃん   は 

弟からたぶん山下智久へ。


兄弟の親密度の意識の不等号は若干錦戸亮に>だろうか。


まだファンになる前の錦戸亮との映像から受ける印象は

赤西仁とは同級生だが、錦戸亮が弟のように赤西仁を溺愛。

赤西仁はとにかく錦戸亮に甘えている風に見えた。

山下智久とはどーでもいいようなくっだらない事に関しても、

何かにつけて、くっだらなく張り合うアホなライバル関係に見えた。


これらの印象がハピバツイに若干反映されているかなあ~とは思う。



赤西仁に雇われたパーソナルアシスタントBiBi。


雰囲気から実体のない電子頭脳を想像させる。


アイコンはシナプスと言うか、


コンピューターの電子回路の中を飛び回る情報伝達体。


姿があるとするなら、赤西仁からの信号を受け、


コンピューターが空気を媒体として描き出した仮想の産物。


HAPPY HALLOWEENの終わりと共に消滅なんてことはないよね。




六本木事件の言いだしっぺである東スポは


今回の結末に関して何か報道したかな?





赤西仁を主犯の如く扱いで、大々的に報じた


言いだしっぺの東スポは報じたのだろうか?





新聞、テレビ、ネットを徘徊するマス”ゴミ”も、ついでに当家の地方紙も


書類「送付」と大体のデイリー系メディアは伝えたとは思うが、


言いだしっぺの東スポはどうなのだろうか?





思惑とは違う方向にいったため、何とか辻褄を合わせようと作文を練っているのか、


それとも、赤西仁=手足の生えた蛇レベルの扱いでスルーか、


それとも、東スポの言うことを誰が信じる?と開き直っているのか。





厚顔無恥に赤西仁に触れなくとも、事実のみ淡々と報じることもできると思うが、


それもしないと言うことは、腹いせに爆弾低気圧を投下してくるのか。


それとも、最初の報道が爆弾低気圧で、赤西仁=主犯のイメージはインプットされ、


目的は達成しているのか。





言いだしっぺの東スポは、、、





もっとも言いだしっぺの東スポも何処かの誰かの思惑通り、報じているだけかもしれないが。

赤西仁の11月12日発売のミニアルバムのジャケ写3種が公開された。

2種は裸体の上半身にランダムにプリントされたバーコード。

そして、手垢でも付いたかのような汚れ。

1種は逆光のシルエット。


同じバーコードプリントでも、オフィシャルサイトやTwitter、

宣材用?として出回っている座姿のものとは形態や雰囲気を異にしている。

違いは何か、、、


オフィシャルの左腕のみのバーコードと何もない右腕。

バーコードは商品の値段や本人確認のIDとして用いられ、

殆どの場合値段としてのイメージが強い。


写真集のタイトルであり、テーマである「PLAY HARD WORK HARD」

おそらく、左腕のバーコードは商品、芸能人としての自分、WORK HARDの部分。

右腕はプライベートの自分、PLAY HARDの部分。

公私を明確に分けた象徴として表現しているのではないかと推察される。


オールバックに綺麗に整えられたヘアスタイル。

それによって、ここ数年赤西仁にしては珍しく全面的に晒された美しく整った顔。

結婚指輪を強調したポージングが

芸能人である自分と私人としての自分を確立したバランスの上に成立した

赤西仁というアーティストを表現しているかのようだ。


対してジャケ写は裸というよりは、身を護ってくれるものはなく、

一人の人間としての自分はなく、商品としてだけ成立する自分。

消耗しボロボロになってしまったかのように感じる。


ハットや横向きで顔は見えず、ハットの下から覗くボサボサのロン毛の裾、

脇に描かれた「What Would Jesus Do?」が今の自分に問いかけ、

懊悩し、悲鳴を上げているようにも見える。


ギターのコードを押さえる左手の薬指。

Sお字のシッポと重なりはっきり見えないが、指輪はしていないようだ。

薬指全体にバーコードが施され、その指にまつわる全ての事柄は

まるでアンタッチャブルのエリア。

侵してはならないと強調しているかのようだ。


全く対照的なバーコード。

アルバムの中から見えてくるのか、

それとも、かつて自分が身を置いていた過去の描画か。


当初からこのコンセプトだったのか。

それとも急遽変えたのかは分からないが、

おそらく退院後の激やせ時に撮影したものだろうが、

上海で見えた、ほっそりした顔からは想像できない鍛えられた腕。

衣装の深く開いた脇から見え隠れする肉付きのよさそうな体。

同じコンセプトでも雰囲気は異なるだろう。


おそらく鍛えられた肉体だと、単なるジャケ写の被写体として捉え、

違和感なく視覚を通過したかもしれないが、

この痩せた体だと、悲壮感と痛々しさを伴い、

浮いたあばらの一本一本、突出した骨の尖塔が視覚に突き刺さり、

別物の非肉体的幻影の叫びを脳の中に創造してしまう。



PCに向かい、赤西仁のリリースイベントの詳細レポを読みながら、

想像、妄想、幻想の世界をさまよっていたら、

手のひらサイズのクモがデスクトップの前を左から右へ

何事もなく通り過ぎて言った、、、



クモと認識した瞬間



全身に 



と  り  は  だ    &    は っ か ん    &    ひ め い



視界に異物を察知した瞬間 危険と判断。

訳も分からず、とりあえず小さく叫び声を上げて見る。

叫びながら、異物の正体が判明するに従い、クレッシャンドで声が増量。

クモが去っていく後ろ姿を眺めながら、声は絶叫と化し、

最後は赤西仁ばりのフェイクとなって、空気中に溶解していった。


鳥肌と発汗という矛盾する作用が体に一気に起きてしまった。

人間 不測の衝撃を受けると、想定できない反応をするものだ。


その後  はきけ   &   けいどうみゃくのしゅうしゅく(本人の感想)を併発。

おそらくこの体験はトラウマとして残り、思い出す度同じ現象を引き起こすだろう。


1メートルに満たない歩幅の合わない階段を上がっていた時、

階段端に横たわる長い鉄パイプが ズルッと動き出し、

石垣の中に入って行って以来の衝撃だ。







いつぶりかと思って、前エントリーを確認したら、

何と2012年の9月23日ぶり。

ほぼ二年間もほったらかし。


赤西仁の環境も大きく変わったと言えば変わったか。

独立、自主レーベル。

予想はあったとはいえ、移籍ではなく独立は若干意外ではあった。

活動内容は今のところ上海フェスを除いては

ワーナー時代と変わっていない。


シングル、ファンイベント、ミニアルバム、ツアー。

ただこの年末にかけてのたたみ掛けるようなスケジュール。

とりあえず、日本のファンには義理を果たす。

そして、従来とは違う各種決済、ツアーの申し込み方法。

事務処理のお試し期間にも感じる。


来年以降どのような展開になるのか。

中国でのコンサートを望んでいる。

全米ではすでに二回、ジャニーズとワーナー時代に

各々の特色を踏まえたツアーを行っている。

(あくまでもレポ情報とドキュメンタリーからの印象だが)


今回未開の地アジアのマジョリティーである

中国でのパフォーマンスや取材を経験した。

百聞は一見に如かず。

いい体験をしたことだろう。(上から目線)


孤軍奮闘は必至だろうが、

自分の思い描く世界を展開して欲しい。


プライベートでは子ども好きの彼のこと故、

今頃はてっきり二人目がお目見えと思っていたが、、、

こちらは言及しないのが賢明であろう。

でも、何だか、、、 ねぇ、、、


いけない、いけない。

井戸端芸能会議の好きなオバサンになっている。


とにかく、週明けには退院とか。

体に気を付けて。