6月末。
校了明けの土曜朝、人もまばらになった編集部。
疲れていたけれど、なんだか帰る気分になれず、
デスク周りをなんとなく整理していた午前8時半。
ケータイが鳴った。母からだった。
「ばぁちゃんが…もう…良くないの。帰れる?」
涙声だった。鳥肌がたつ。
すぐ帰る、とだけ言って電話を切る。
急がなきゃ、と思いながらも、放心して動けない。
祖母に最期に会った日、強く握ってくれた右手。
何を掴むでも無く、ただ、握りしめる。
* * * * *
それからは、体が驚くほどスムーズに動いた。
残っていたボスに事情を伝え、すぐ電話で飛行機の予約。
帰宅せずにそのまま空港に向かった。
電車の車窓からあふれる朝のまぶしさ。
目頭が熱くなった。
昼過ぎには香川に着く。
電話を受けたとき、祖母はもう亡くなっていた。
母は祖母の死を口にできなかった。
自宅へ向かう車中で懐かしい景色を眺めながら、泣いた。
* * * * *
通夜は祖母の家ではなく、近くの祭儀場で行われた。
一通りに儀式を終え、控え室に向かう。
30人ほどの親戚が集まっていた。
祖母が納まった箱を前に、みんなで食事をとる。
子供がはしゃいで走り回る。
なごやかで、あたたかで、哀しかった。
乾いた寿司を食べながら、
今日の夕焼けがやけに美しかったことを思い出す。
線香の煙がゆっくりと揺れていた。
* * * * *
葬儀の終わり、みんなが棺に花を手向ける。
姪が祖母の似顔絵を添えた。
母が泣いている。叔父も伯母も。
憎まれ口ばかりだった従兄弟でさえも。
別れが、粛々と押し寄せてきた。
淡い色の花を胸の上にそっと置く。
少しだけ、祖母の顔に触れる。
冷たかった。
梅雨だというのに、空は雲ひとつない青空だった。
* * * * *
火葬場で祖母が天に昇るまで待つ。
アイスティーを頼んだら、やけに甘かった。
例の憎まれ口の従兄弟に薦められ、ビールをあおる。
味は覚えていない。
骨はひどく白く、脆かった。
やけに太い箸で骨をリレーする。
箸の持ち方が悪い俺は、少し不安だった。
無事、小さな壷に祖母は隠れた。
* * * * *
実家に帰って、東京に戻る準備をする。
とはいえ、ほとんど荷物は持ち帰っていない。
母が、すももを持ち帰るよう薦めてくる。
いつもは重くて荷物になるので断っていたのだが
そのときはとても素直に貰っていくよ、と言えた。
会社のみんなで食べようかと思う、と伝えたら
父と母は嬉々として丁寧に箱詰めしはじめた。
そんな両親がなんだか可愛くて、笑えた。
* * * * *
東京に戻る前、兄の家に寄った。
今年産まれたばかりの赤ん坊は、良く眠っていた。
犬は、相変わらずはしゃいで甘えてきた。
兄とは、あまり話さなかった。
空港への見送りには両親と3つになる姪が来てくれた。
別れ際、父が「手を振るから、必ず見とけよ」と言う。
見えたらね、と背中で答えてチェックインした。
* * * * *
機体が動き始める。ゆっくりと滑走路の端まで向かう。
方向転換。次第に加速し、重力を感じる。
景色が流れ始める。
地上に施された「さぬき」の文字の「さ」の真ん中で
両手を大きく振る3人の姿が見えた。
バカな両親と姪に、思わず頬がほころぶ。
なんだか少し、泣きそうになった。
機体が浮かぶ。
少し眠るために、目を閉じる。
涙は、流れなかったと思う。
校了明けの土曜朝、人もまばらになった編集部。
疲れていたけれど、なんだか帰る気分になれず、
デスク周りをなんとなく整理していた午前8時半。
ケータイが鳴った。母からだった。
「ばぁちゃんが…もう…良くないの。帰れる?」
涙声だった。鳥肌がたつ。
すぐ帰る、とだけ言って電話を切る。
急がなきゃ、と思いながらも、放心して動けない。
祖母に最期に会った日、強く握ってくれた右手。
何を掴むでも無く、ただ、握りしめる。
* * * * *
それからは、体が驚くほどスムーズに動いた。
残っていたボスに事情を伝え、すぐ電話で飛行機の予約。
帰宅せずにそのまま空港に向かった。
電車の車窓からあふれる朝のまぶしさ。
目頭が熱くなった。
昼過ぎには香川に着く。
電話を受けたとき、祖母はもう亡くなっていた。
母は祖母の死を口にできなかった。
自宅へ向かう車中で懐かしい景色を眺めながら、泣いた。
* * * * *
通夜は祖母の家ではなく、近くの祭儀場で行われた。
一通りに儀式を終え、控え室に向かう。
30人ほどの親戚が集まっていた。
祖母が納まった箱を前に、みんなで食事をとる。
子供がはしゃいで走り回る。
なごやかで、あたたかで、哀しかった。
乾いた寿司を食べながら、
今日の夕焼けがやけに美しかったことを思い出す。
線香の煙がゆっくりと揺れていた。
* * * * *
葬儀の終わり、みんなが棺に花を手向ける。
姪が祖母の似顔絵を添えた。
母が泣いている。叔父も伯母も。
憎まれ口ばかりだった従兄弟でさえも。
別れが、粛々と押し寄せてきた。
淡い色の花を胸の上にそっと置く。
少しだけ、祖母の顔に触れる。
冷たかった。
梅雨だというのに、空は雲ひとつない青空だった。
* * * * *
火葬場で祖母が天に昇るまで待つ。
アイスティーを頼んだら、やけに甘かった。
例の憎まれ口の従兄弟に薦められ、ビールをあおる。
味は覚えていない。
骨はひどく白く、脆かった。
やけに太い箸で骨をリレーする。
箸の持ち方が悪い俺は、少し不安だった。
無事、小さな壷に祖母は隠れた。
* * * * *
実家に帰って、東京に戻る準備をする。
とはいえ、ほとんど荷物は持ち帰っていない。
母が、すももを持ち帰るよう薦めてくる。
いつもは重くて荷物になるので断っていたのだが
そのときはとても素直に貰っていくよ、と言えた。
会社のみんなで食べようかと思う、と伝えたら
父と母は嬉々として丁寧に箱詰めしはじめた。
そんな両親がなんだか可愛くて、笑えた。
* * * * *
東京に戻る前、兄の家に寄った。
今年産まれたばかりの赤ん坊は、良く眠っていた。
犬は、相変わらずはしゃいで甘えてきた。
兄とは、あまり話さなかった。
空港への見送りには両親と3つになる姪が来てくれた。
別れ際、父が「手を振るから、必ず見とけよ」と言う。
見えたらね、と背中で答えてチェックインした。
* * * * *
機体が動き始める。ゆっくりと滑走路の端まで向かう。
方向転換。次第に加速し、重力を感じる。
景色が流れ始める。
地上に施された「さぬき」の文字の「さ」の真ん中で
両手を大きく振る3人の姿が見えた。
バカな両親と姪に、思わず頬がほころぶ。
なんだか少し、泣きそうになった。
機体が浮かぶ。
少し眠るために、目を閉じる。
涙は、流れなかったと思う。