私の病室、4人部屋なのですが、毎日といっても良いほど入れ替わりがあり
気が付くと違う人になっていたりします。
昨日は、茶色い巻き髪ロングヘアの綺麗なお姉さんが
キャリーケース引きながら「よろしくぅ~」と入って来ました。
(o´Д`o)ハァー あっつ
ヅラが地獄ぅー
といってロングヘアをむしり取ったら、綺麗なスキンヘッド。
とっても似合っています。
抗がん剤投与で1週間入院だそう。
看護師さんと彼女の会話を聞いていると
やっぱ仕事の調整が大変らしく
全然休まなかった自分が急に会社休むようになり
訝しんでいる人たちもいて
女性部下から、「それってもしかしてヅラですかぁー?」って
聞かれたりもした、という。
そんな無神経な人もいるのね。。。。
私も、あまり周りの人には癌だということは言っていないけど
言わないことで支障が出てきたり
しつこく何の病気なのか聞いてくる人(特に実習生たち)には
正直に答えるようにしています。
癌っていうと、みんな「何て言って良いのかわからないけど・・・」と
困った顔するからね、やっぱ私も言いにくい。
そんなこんなで、ネックはやっぱり仕事。
もういっそ、辞めてしまいたい・・・・または派遣の時だったら良かったのに、と
思ってしまいます。
そうそう、正社員になった経緯も、いつか詳しく書こうと思っていたけど
なんか面倒になってしまった
簡単に言うと、とある偉い人に何故か異様に好かれてしまい
強引に正社員にさせられして頂き、その偉い人の部署に引き抜かれ
更にストーカー的なアプローチと公私混同のLINEに苦しみ
精神的に参ってノイローゼになりそうなくらいだった、というのがザックリした経緯です。
そんな中での癌告知だったので、余計に参っておりました。
こんなオバちゃんにセクハラしてくれるなんて本来なら「ありがとよ
」だけど(笑)
毎晩の「おやすみ
」というキモいLINE
週末のドライブやランチへのお誘い
単身赴任の独り暮らしアパートへの呼び出し
待ち伏せ
会議室への呼び出し(2人きり)
更に、「今、那那の家の近くにいるよ
出ておいで」などなど
完全にクロだろって(全部残せる証拠残している、念のため)


最初は偉い人なので、丁重にお断りしておりましたが
さすがに耐え切れず、ガン無視するようになって・・・ラインも全部既読スルー
会社へ復帰するのがこんなにも憂鬱なのは
ヒトエに彼のせいでございます。
早く定年になってくれー
と祈る毎日です。
賛否両論、あると思います。
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【中古】 癌と闘わない 私の選択 私の人生、私が選んではいけませんか? /吉野実香【著】 【中古】afb
内容(「BOOK」データベースより)
乳癌になって約13年、余命宣告もとっくに過ぎたが、それでも…元気。結婚もして、仕事と子育てを両立してきた。長い闘病生活を家族を一緒に闘わせたくない。自分の思いを曲げてまで、苦しい思いをしてまで、家族のために生きなければいけないのか?最期ぐらい自分を優先してはいけないのか?という著者の想い。
これは、私の、私だけの考えで、
自己中だとか、周りのこと考えてないとか
色々批判を受けるのをわかっているから
口に出したことはありませんでした。
死ぬの怖くないとか、自分らしく生きたいとか
かっこいいこと言う人に限って
死期が近づくにつれ、死にたくない、治療すればよかった、と
みっともなく足掻くものかもしれない、と思うこともあります。
でもね、悪性と告知される前から、
転移しているかどうかの検査結果を聞くまでの間にも
本当に色々と考えて、私は、この本の著者に、限りなく近い考え方だと
実感したんです。
彼女の旦那さんは最初、「こんなの自殺と同じじゃないですか」と思った、と言います。
でも違うと思うのです。
苦しい治療に耐えてでも、少しでも長く生きたい、家族と過ごしたい、
ということに重点をおくか
短い命でも、自然に任せて寿命を全うしたい、と考えるか
人それぞれだし、それは尊重されても良いものだと思うのです。
それで、悪性かどうかの告知を聞きに行く時も、
家族と一緒に来て下さい、と言われて
瞬間的に「ひとりじゃだめなんですか?」と聞きました。
それは、治療の方法や今後の方針を、自分1人で決めたかったからなんです。
看護師さんが、「家族と一緒に来ないとダメですよ」と言うので
「主人は単身赴任なので、いないんです。そう簡単に帰って来れないので。」
と嘘つきました。
本当は、検査結果を聞きに行くことすら言ってませんでした。
で、結局ひとりで聞きにいって、「悪性でした」と言われて、
転移しているかどうかで治療も変わってくる、と説明を受けて、
「なにか質問は?」
と聞かれたときも、
「もし、転移していたら、治療しない、という選択肢もあるんでしょうか?」
と訊くと、看護師さんは、
「それは・・・患者さんの自由です。でも、その場合の危険性も説明はします。」
と苦笑い。そのあと、
「まさか、転移してなくても、手術しない、とか言いませんよね?」と訊いたので
「転移していなかったら、手術します。でも、抗がん剤はしません。」
と答えました。イキってるみたいで嫌だけど・・・・![]()
さすがに転移しているかどうかの結果を聞きに行く時は
絶対に家族同伴、と厳しく言われたので、旦那連れて行きました。
俺様キャラな彼はマジ上から目線でエラソーに先生と喋るので(・□・;)
「だから連れて来たくなかったんだよっ!」と思いながら
「お願いだから、私の意思を尊重してね
」と事前に言っておいたので
先生に「ご主人はそれでいいですか?」と聞かれるたびに
「彼女の意思を尊重します
」って言ってました(笑)
もし、まだ子どもが幼くて、お母さんがいなくちゃ、という場合は
多分、つらい抗がん剤に耐えて少しでも長く、を選んだでしょう。
でも、子どもたちももう大きくなって、アホだけど(笑)健康で明るくて
友達も有り難い事にそばにいてくれて
旦那もまだ再婚できるくらいモテてるみたいだし(自己申告)
あとは、私の体の自由が効く限り、私は山を歩いて
最後は、身辺整理も出来ていて、緩和ケアに頼って、
そんな死に方を選んじゃダメなのでしょうかね・・・・
ステージ1なのに、大げさじゃね?
って言われるかもしれないけど
今、同じ病室の人たちは全員、私と同様にステージ1で手術して
数年後に再発→転移という経緯を辿ったそうなのです。
皆さん、抗がん剤治療て入退院を繰り返していて
本当に苦しそう。
で、退院するとき、またすぐ戻ってくるけん、また会えるかもねって
言われるたび・・・・「会いたくないっす」と思いながら
でも、人生、何があるかわからんもんね、色んなことを想定しておこう、と
思う今日この頃でした。
*ほとんど誰にも入院のこと言ってなかったけど
大好きなお友達Hちゃんだけには言ってたので、海外旅行先からお花が届きました。
旅行中なのに・・・ありがとう♪

水曜日、手術が終わりました・・・
その日の手術は4人で
私は1番目![]()
あとの3人は看護師さん、保育士さん、専業主婦の方で
検査とかでも一緒になるので、すっかり仲良しになり
カフェでお茶したりしていました![]()
ところが
手術が終わってから、一人だけいつまでたっても見かけない![]()
廊下でも会わないし、カフェでも合わなくて
他の3人で、どうしたんだろう・・・と心配していました![]()
看護師さんも、もちろん教えてくれないし
いまだにわかりません![]()
手術までは私の向かいにいたお婆ちゃんも
手術が終わったらいなくなっていました![]()
「ポリープやねん、2,3日で退院すんねん」って言ってたけど
1日でいなくなって、なんか怖い・・・
私が朝、安定剤を飲む前に、
右手が痺れる、脳梗塞かもしれんて大騒ぎしていたので
こちらも心配です![]()
そんな他人の心配ばかりしていられるほど、私は順調に回復していて
看護師さんから、見本のような回復力、最短で退院かも、と言われました![]()
今朝は屋上ガーデン(ルーフ付き)でヨガしていたら、見つかって怒られました![]()
病院食はヘルシー、なのに体重は増えている(寝てばかりだから?)
早くビールが飲みたいよーん![]()
今日、入院しました。
手術は水曜日になります。
見納めに、阿蘇烏帽子と平治岳行って
大船でパイナップル食べて
坊がつる歩いて
ホットサンド食べて
誕生日のお祝いしてもらって
家族も、やたら優しくて(笑)
まるで死に逝く人のような扱い![]()
姑、お守りに数珠買ってきてくれたよ・・・・
でもでも、やっぱ病棟に入ると
帽子をかぶっている人がたくさんいて
ちょっとショッキング。
抗がん剤を使うと、こうなるのね。
隣の病室の人と話していたけど
彼女は、自分がガンになって、ショックでショックで毎日泣き暮らした、という。
私は、そこまでなかったけど
エンディングノートとか買って、銀行口座やクレジットカード、保険なんかを
すべて書きだしましたよ、って言うと
冷静ねーーー
、と驚かれた。
病室は暇すぎる・・・
今週は、地域医療センターにて、骨シンチとMRIの検査でした。
骨シンチって初めて聞いたけど、行ったらまず薬を注射されて
それから3時間くらい待ってからの検査らしいです。
その間に、MRIをして、まーそれでも2時間くらいは待ち時間ありで
一旦着替えて街中をウロウロしたりして戻りました。
骨シンチの注射のときに
「本日、小さなお子様と接触する予定はありますか?」
と聞かれ、「?」と思ったけど「いいえ、特には」と答えると
「今日、shortieさんの身体から放射能が出ているので・・・」と言う。
はぁー?!と思ったけど、ぐぐってみたら、微量の放射能らしい。。。。こわいなっ
なので子どもには近づかないでおこう(^^;)
で、骨シンチって1時間くらじっとして寝てるだけなんですけど
機械で骨の代謝をモニターするらしいんです。
骨にガンが転移しているかの検査ですね。
で、ドクターが検査中に
「左足首、どうしたの?」と聞いてきたので
「あっ・・・12月に骨折して・・・
」
「そうなんだ、どうして骨折したの?」
「あの、山登り中にコケて・・・・あ、もしかしてちゃんと治ってないってことですか?」
確かにまだ山を歩くと痛みがあるので、不安になって聞いてみた。
「いや、この辺の代謝がすごく上がっているから。骨折後や虫歯がこの薬でわかるんだよ。」
「へ~~~
」
放射能が出るという薬は、悪いところに集まるらしい。なるほど。
私の左足は治ろうと頑張っているんだなー。
と、いうことで、この日も結果はわからないまま帰宅。
来週、結果宣告です。
週末は日本語教師の友人と伊和膳黒木でランチして
山も行ったけど嵐で退散![]()
前に進めないほどの強風と雨でした(笑)
諦めきれずに草千里ヶ浜から鞍岳に移動🚗🚗🚗
しかしこちらも暴風雨💦
帰宅してショボン(>_<)















