凡人は失敗は失敗だと思っている。私だ。失敗続きの私は自己改善を試みたが、高望み過ぎたのかすぐ駄目になる。失敗は成功のもとという言葉があるが、ちょっとした事でもすぐ「失敗」としたがる悲劇のヒロインらしい。どうやら今のうちに挫折を味っておきたいようだが、さほど努力や継続もせず衝動的行動、或いは自分に見合わない行動をとり、リスキーな面が多々あるので、これらは「経験」にしかならない。その「経験」から何かを学ばなければならないのに。学んだとしても、直ぐに壁にぶつかってしまう。また問題解決は正しい解なのかどうか分からない。
そのような悩みを長年抱いている時、太宰治の言葉が附に落ちた。「失敗というのは、ごまかそうとして、ごまかし切れなかった場合の事を言うのです。」その通りだと気が付いた。これは完全に外部要因だという挫折、「いじめ」や「親の離婚」は当てはまらない。しかしながら、「失恋パート1」「引退試合絶不調」「受験失敗」「失恋パート2」「絶交」「高校中退」というミスは私のごまかしが効かなかったのである。現状に満足していたのなら、ごまかそうなど思わない。自分を良く見せられなくて悔やまない。変なプライドが変に邪魔をする。
自分に才能は無い。挫折を味わうたびにそんな事を思う。実際には心がプライドに支配されているだけなのに。人間は自分を過剰評価する思い込み、所謂バイアスにかかっている。自我とプライドのディレンマがメンタルをヘラヘラさせる。少しも自分には才能があると思わない方が良い。自分はうんこだと思うべきだ。大切なのは成功そのものでは無い。プロセスだ。過程だ。
