2008年05月31日の日記
やっとこの日がきた。
ようやく退院だ。病院へ行き、ヨメさんを迎えた。
元気そうだった。何よりうれしそうだった。
検査がまだ続くので入院したほうがいいが、本人が子供に会いたいので退院したいという
意志を尊重した。
だが、体力が戻らないので実家で養生し、自信がついたら家に戻ることにした。
でも、子供も一緒だ。
久しぶりに子供に会ったらうれしくて力一杯抱きしめた。
ほんとよかった。子供はキョトンとしてたが、だんだん慣れてきた。
しばらくすれば甘えるようになるだろう。
もう少し、もう少しだ。
ようやく退院だ。病院へ行き、ヨメさんを迎えた。
元気そうだった。何よりうれしそうだった。
検査がまだ続くので入院したほうがいいが、本人が子供に会いたいので退院したいという
意志を尊重した。
だが、体力が戻らないので実家で養生し、自信がついたら家に戻ることにした。
でも、子供も一緒だ。
久しぶりに子供に会ったらうれしくて力一杯抱きしめた。
ほんとよかった。子供はキョトンとしてたが、だんだん慣れてきた。
しばらくすれば甘えるようになるだろう。
もう少し、もう少しだ。
2008年05月24日の日記
だいぶブログをさぼってしまった。
ムスメは中耳炎にかかり、病院にいったという。心配でたまらなかったが、
祖父母が病院に連れていき適切な治療を受けさせたので大事には至らなかった。
何もしてやれない自分が歯がゆい。。。
今日は、ヨメさんを見舞いにいった。
だいぶ元気になっていた。起きてトイレにもいけて、ご飯も少し食べれるようになっていた。
今後のことをいろいろ話したり、手術前の話とかした。
彼女はあまり記憶がなかったという。やはり、相当な苦痛だったようだ。
子供に会わせたかったが、病気なので連れてこれなかった。
はぁ、何もしてやれない。。
ムスメは中耳炎にかかり、病院にいったという。心配でたまらなかったが、
祖父母が病院に連れていき適切な治療を受けさせたので大事には至らなかった。
何もしてやれない自分が歯がゆい。。。
今日は、ヨメさんを見舞いにいった。
だいぶ元気になっていた。起きてトイレにもいけて、ご飯も少し食べれるようになっていた。
今後のことをいろいろ話したり、手術前の話とかした。
彼女はあまり記憶がなかったという。やはり、相当な苦痛だったようだ。
子供に会わせたかったが、病気なので連れてこれなかった。
はぁ、何もしてやれない。。
2008年05月19日の日記
今日も病院に行く。
やはり、まだICUにいる。
白衣とマスクを着て病室にはいる。
ヨメさんが弱々しい姿で横たわっていた。
しかし、意識ははっきりしている。「頑張ったね」というと「うん」という答えが返ってきた。
本当にうれしかった。子供のことや家のことを話し、その都度「うん、うん」と答えてくれた。
もう、一般病棟に移せるということで、途中子供の顔を見せてあげた。
手を握って子供の名前を言って涙を流していた。
ムスメはきょとんとしていたが(笑)
これでいつでも会いにいける。子供も連れていける。
おっぱいをせがまなければいいけど。。。
やはり、まだICUにいる。
白衣とマスクを着て病室にはいる。
ヨメさんが弱々しい姿で横たわっていた。
しかし、意識ははっきりしている。「頑張ったね」というと「うん」という答えが返ってきた。
本当にうれしかった。子供のことや家のことを話し、その都度「うん、うん」と答えてくれた。
もう、一般病棟に移せるということで、途中子供の顔を見せてあげた。
手を握って子供の名前を言って涙を流していた。
ムスメはきょとんとしていたが(笑)
これでいつでも会いにいける。子供も連れていける。
おっぱいをせがまなければいいけど。。。
2008年05月18日の日記
いよいよ手術の日。
長丁場になるので、コンビニでお茶とおにぎりを買った。
9時前に病院に到着し、ヨメさんの病室に向かう。ヨメさんは相変わらず弱々しいが、意識ははっきりしていて
俺の言葉にも耳を傾けてくれず。しばらくすると担当医師と看護師が入室し、手術用ベッドに移動させられる。
ヨメさんに「頑張れよ、子供が待っているから」と声をかけると「うん、頑張る」と言葉をのこし、手術室の扉の
向こうに運ばれていった。
あとは、おれは手術が終わるまで待合室で待っているだけだ。
本を読んだり、テレビを見たりして過ごす。昼過ぎにヨメさんの家族や、俺の母親、叔父がきて
励ましてくれた。そして、午後3時半ごろ担当の先生が着て腫瘍の摘出は終わったことを告げられた。
みんなでよろこんだ。あとは縫合し元通りにするだけだ。
母親や、叔父が帰り終わるまで待った。
そして、午後7時に病棟担当先生より全て終わったことを告げられた。
だが、麻酔が効いているので今日は会えないとのこと。
顔を見られないのは残念だが、無事に終わったのほっとした。
山を登り切った。あとはゆっくり下りるだけだ。
長丁場になるので、コンビニでお茶とおにぎりを買った。
9時前に病院に到着し、ヨメさんの病室に向かう。ヨメさんは相変わらず弱々しいが、意識ははっきりしていて
俺の言葉にも耳を傾けてくれず。しばらくすると担当医師と看護師が入室し、手術用ベッドに移動させられる。
ヨメさんに「頑張れよ、子供が待っているから」と声をかけると「うん、頑張る」と言葉をのこし、手術室の扉の
向こうに運ばれていった。
あとは、おれは手術が終わるまで待合室で待っているだけだ。
本を読んだり、テレビを見たりして過ごす。昼過ぎにヨメさんの家族や、俺の母親、叔父がきて
励ましてくれた。そして、午後3時半ごろ担当の先生が着て腫瘍の摘出は終わったことを告げられた。
みんなでよろこんだ。あとは縫合し元通りにするだけだ。
母親や、叔父が帰り終わるまで待った。
そして、午後7時に病棟担当先生より全て終わったことを告げられた。
だが、麻酔が効いているので今日は会えないとのこと。
顔を見られないのは残念だが、無事に終わったのほっとした。
山を登り切った。あとはゆっくり下りるだけだ。
2008年05月17日の日記
今日も病院に行く。子供は保育園に預けた。
嫁さんの実家の家族も一緒だ。
ヨメさんを見るとこの前会ったときもさらに弱々しい。
かわいそうになってくる。早く手術をして取り除いてあげたい。
帰ろうとすると、看護師さんから呼び止められ先生から話があるということだった。
病棟管理担当医より話を聞くと、だいぶ弱ってきて火曜日まで持たないので明日手術をするという
ことだった。CTやMRIの画像をみると大きな腫瘍がある。
麻酔医からも麻酔について話があった。全身麻酔を行うらしい。
そして、アメリカの医療ドラマ「ER」で出てくるシーンのように口に送官するらしい。
でも、手術をしなければ乗り越えられないので、ヨメさんは頑張るしかない。
実際に頑張ると言っている。
俺も頑張ろう!
嫁さんの実家の家族も一緒だ。
ヨメさんを見るとこの前会ったときもさらに弱々しい。
かわいそうになってくる。早く手術をして取り除いてあげたい。
帰ろうとすると、看護師さんから呼び止められ先生から話があるということだった。
病棟管理担当医より話を聞くと、だいぶ弱ってきて火曜日まで持たないので明日手術をするという
ことだった。CTやMRIの画像をみると大きな腫瘍がある。
麻酔医からも麻酔について話があった。全身麻酔を行うらしい。
そして、アメリカの医療ドラマ「ER」で出てくるシーンのように口に送官するらしい。
でも、手術をしなければ乗り越えられないので、ヨメさんは頑張るしかない。
実際に頑張ると言っている。
俺も頑張ろう!
2008年05月16日の日記
今日はフルで働いたが、定時後速攻で帰宅し、車をとばして30km離れているヨメさんの実家に向かった。
家に到着するとムスメがほけーっとした顔で俺をみていた。しばらくするとニコっと笑いだっこのしぐさをした。
久しぶりに抱くムスメ。
じいちゃん、ばあちゃんによるとおりこうさんにしていたらしい。
手がかからなくて本当によかった。
「帰ろうか」と言うと、ばあちゃんにバイバイと手を振った。
いやがっていたチャイルドシートも素直に乗った。
自宅に連れて帰り一緒にお風呂には入り、とてもニコニコ笑っていた。
寝るときは少しぐずったけど、自然に寝た。
寝顔がかわいい。
子供って本当にイイよ。疲れがすべて吹き飛んだ。
早く親子3人で寝たい。
これが俺の幸せなんだ。
家に到着するとムスメがほけーっとした顔で俺をみていた。しばらくするとニコっと笑いだっこのしぐさをした。
久しぶりに抱くムスメ。
じいちゃん、ばあちゃんによるとおりこうさんにしていたらしい。
手がかからなくて本当によかった。
「帰ろうか」と言うと、ばあちゃんにバイバイと手を振った。
いやがっていたチャイルドシートも素直に乗った。
自宅に連れて帰り一緒にお風呂には入り、とてもニコニコ笑っていた。
寝るときは少しぐずったけど、自然に寝た。
寝顔がかわいい。
子供って本当にイイよ。疲れがすべて吹き飛んだ。
早く親子3人で寝たい。
これが俺の幸せなんだ。
2008年05月15日の日記
ここ2日間遠方に出張していた。
正直行きたくなかったのだが、以前から予定していてキャンセルできなかった。
今日は出張先から帰って、いったん自宅に戻り、そして病院に行った。
ヨメの今日の予定はカテーテルを体内に注入して、脳の血管をMRIで調べる検査だった。
ヨメはプチ手術と言っていた。つらかったらしい。
担当先生より患部以外は問題なしとの説明してもらった。
ヨメさんは手術は不安だと言っているが、子供のために頑張ると気合いを入れていた。
早く子供に会いたいと漏らしていた。会わせてあげたい、この病棟には12歳以下の子供を入れることは
できない。歩くこともできないので待合室であわせることもできない。
何もしてやれない。励ますことしかできない。
ヨメは大変だった毎日の子供の世話がすごく幸せだったと言った。確かにそうだ。
自分も家に帰ってぽつんと一人でテレビを見たり、メシを食ったりしても面白くもなんともない。
ムスメがご飯をぐちゃぐちゃにしながら食べるのをイライラしたり、風呂からあがった後、
服を着せようとしても逃げまどってなかなか落ち着かない、そんな生活が一切消えてしまったのだから。
今夜も一人で寝る。
ムスメはどうしているんだろうか。。。
正直行きたくなかったのだが、以前から予定していてキャンセルできなかった。
今日は出張先から帰って、いったん自宅に戻り、そして病院に行った。
ヨメの今日の予定はカテーテルを体内に注入して、脳の血管をMRIで調べる検査だった。
ヨメはプチ手術と言っていた。つらかったらしい。
担当先生より患部以外は問題なしとの説明してもらった。
ヨメさんは手術は不安だと言っているが、子供のために頑張ると気合いを入れていた。
早く子供に会いたいと漏らしていた。会わせてあげたい、この病棟には12歳以下の子供を入れることは
できない。歩くこともできないので待合室であわせることもできない。
何もしてやれない。励ますことしかできない。
ヨメは大変だった毎日の子供の世話がすごく幸せだったと言った。確かにそうだ。
自分も家に帰ってぽつんと一人でテレビを見たり、メシを食ったりしても面白くもなんともない。
ムスメがご飯をぐちゃぐちゃにしながら食べるのをイライラしたり、風呂からあがった後、
服を着せようとしても逃げまどってなかなか落ち着かない、そんな生活が一切消えてしまったのだから。
今夜も一人で寝る。
ムスメはどうしているんだろうか。。。
2008年05月13日の日記
今日はヨメさんの実家に行くことにした。
ヨメさんの様子を見ると昨日より悪くなっていた。水すら受け付けない。
病室が空いたら連絡するという病院側の電話をまったが、ちっともこないので昨日の先生に
状況を説明し、病室を空けてもうらうよう頼んだ。
しばらくして病院から電話があり病室が空いたのできてもよいとのこと。
とても歩ける状況ではなかったので、救急車に搬送を依頼した。
ムスメの食事を済ませ、病院に行き検査を待った。ムスメは愚図って大変だったが、
検査が終わったヨメを見るとおっぱいをせがんだ。でも、もうおっぱいはあげられず無理矢理引き離した。
ムスメは泣いたが我慢してもらうしかない。とても悲しく、ヨメも泣いていた。
担当医師から説明をうけまずは詳しくを検査をするとのこと。
ヨメにがんばれと励まし、ヨメさんの実家に行き、ムスメを預けた。
預けたくはなかったが、私にも仕事があり、休むことができない。
ムスメに私の姿をみせずこっそり帰った。あまりにもかわいそうで帰りの車で涙があふれて止まらなかった。
でも、ムスメには我慢を覚えてもらうしかない。
ママもがんばる。ムスメも頑張って。
一人の自宅は寂しい。。。。
でも、私も頑張る。
ヨメさんの様子を見ると昨日より悪くなっていた。水すら受け付けない。
病室が空いたら連絡するという病院側の電話をまったが、ちっともこないので昨日の先生に
状況を説明し、病室を空けてもうらうよう頼んだ。
しばらくして病院から電話があり病室が空いたのできてもよいとのこと。
とても歩ける状況ではなかったので、救急車に搬送を依頼した。
ムスメの食事を済ませ、病院に行き検査を待った。ムスメは愚図って大変だったが、
検査が終わったヨメを見るとおっぱいをせがんだ。でも、もうおっぱいはあげられず無理矢理引き離した。
ムスメは泣いたが我慢してもらうしかない。とても悲しく、ヨメも泣いていた。
担当医師から説明をうけまずは詳しくを検査をするとのこと。
ヨメにがんばれと励まし、ヨメさんの実家に行き、ムスメを預けた。
預けたくはなかったが、私にも仕事があり、休むことができない。
ムスメに私の姿をみせずこっそり帰った。あまりにもかわいそうで帰りの車で涙があふれて止まらなかった。
でも、ムスメには我慢を覚えてもらうしかない。
ママもがんばる。ムスメも頑張って。
一人の自宅は寂しい。。。。
でも、私も頑張る。
2008年05月12日の日記
会社に休みをもらい今日は病院に行くことにした。
しかし、昨日の病院の脳外科の先生より電話があり、すぐにきてくださいと言われた。
ヨメは先生から直接電話がかかってくるなんて尋常じゃないと思い不安になり泣いた。
まだ、診断結果がわからないじゃないかとヨメを慰めつつ、ムスメの世話を頼んだ親の到着を待った。
親がやってきたあと、すぐに病院に行き、先生の診断を聞いた。
「腫瘍がある」と言われた。ヨメはショックで泣いてしまった。
大学病院にいい先生がいるから詳しい診断をしてもらったほうがいいと言われ、紹介状をもらった。
大学病院まで30kmぐらいある。救急車を呼ぼうか迷ったが、ヨメが大丈夫ということなので
車でいくことにした。ヨメはショックと不安で涙を流し続けた。
私は泣いていてもしょうがない。現実と向き合おう。プラス思考でいこうと励まし続けた。
途中、ヨメさんの実家により母親を乗せて大学病院に行った。
大学病院に着き、1時間ぐらい待たされたあと先生の診断を聞いた。
「小脳血管芽腫」という腫瘍とのこと。だが、良性で悪化することはないが、放っておいてもよくはならないので
摘出手術を行う必要があるとのことだった。
ヨメはさらにショックで泣いたが、取り除けばよくなるという先生の言葉を聞いて少し安心した。
手術も患部の表面だけ切るらしい。
具合がとてもわるかったのでこのまま入院したかったが、病室がいっぱいであいていないとのこと。
今日はヨメさんは実家に止まらせ、私とムスメは私の親とともに自宅に戻って長い一日を終えた。
夜、ムスメが起きておっぱいを探していた。かわいそうでたまらなかった。
私はムスメが寝るまでずっと抱いて「ごめんな、辛抱な」と言い聞かせた。
しかし、昨日の病院の脳外科の先生より電話があり、すぐにきてくださいと言われた。
ヨメは先生から直接電話がかかってくるなんて尋常じゃないと思い不安になり泣いた。
まだ、診断結果がわからないじゃないかとヨメを慰めつつ、ムスメの世話を頼んだ親の到着を待った。
親がやってきたあと、すぐに病院に行き、先生の診断を聞いた。
「腫瘍がある」と言われた。ヨメはショックで泣いてしまった。
大学病院にいい先生がいるから詳しい診断をしてもらったほうがいいと言われ、紹介状をもらった。
大学病院まで30kmぐらいある。救急車を呼ぼうか迷ったが、ヨメが大丈夫ということなので
車でいくことにした。ヨメはショックと不安で涙を流し続けた。
私は泣いていてもしょうがない。現実と向き合おう。プラス思考でいこうと励まし続けた。
途中、ヨメさんの実家により母親を乗せて大学病院に行った。
大学病院に着き、1時間ぐらい待たされたあと先生の診断を聞いた。
「小脳血管芽腫」という腫瘍とのこと。だが、良性で悪化することはないが、放っておいてもよくはならないので
摘出手術を行う必要があるとのことだった。
ヨメはさらにショックで泣いたが、取り除けばよくなるという先生の言葉を聞いて少し安心した。
手術も患部の表面だけ切るらしい。
具合がとてもわるかったのでこのまま入院したかったが、病室がいっぱいであいていないとのこと。
今日はヨメさんは実家に止まらせ、私とムスメは私の親とともに自宅に戻って長い一日を終えた。
夜、ムスメが起きておっぱいを探していた。かわいそうでたまらなかった。
私はムスメが寝るまでずっと抱いて「ごめんな、辛抱な」と言い聞かせた。
2008年05月11日の日記
朝起きてもヨメの調子がよくない。食欲もなく頭痛もひどい。家事は全部自分がやり、ムスメへの食事の世話だけ
やってもらったが、すごくつらそう。
結局、寝込んでしまい、昼食もお菓子を1つだけ食べただけだった。
だんだん具合がひどくなり、ヨメさんの両親を呼んだ。ムスメの面倒を両親に頼み昨日の病院に行った。
が、専門の先生ではないので結局点滴を打ってもらった。しばらく時間がかかるので私はいったん帰って
ムスメの面倒をみた。
点滴が終わるだろうと思って病院に行ったがあと1時間かかるとのこと。えらく遅い。
また帰って家事をこなした。チャイルドシートにムスメを乗せるのは大変なので病院に1時間後に状況を確認。
点滴が終わったとのことなので迎えにいった。ヨメはフラフラしていて調子はよくなかった。
夕食は私が作り、ヨメはムスメにご飯をあげた。
処方された薬を飲むため、胃に何かいれるため、カステラをヨメは食べ薬を飲んだ。
が、風呂にはいったあと激しく嘔吐した。
私は尋常じゃないと思い、はやく専門の先生に診せてあげたいと思った。
ヨメは具合が悪いながらも未だおっぱいをせがむムスメの要求に応えながら寝た。
明日はどうなるんだろう。。。
やってもらったが、すごくつらそう。
結局、寝込んでしまい、昼食もお菓子を1つだけ食べただけだった。
だんだん具合がひどくなり、ヨメさんの両親を呼んだ。ムスメの面倒を両親に頼み昨日の病院に行った。
が、専門の先生ではないので結局点滴を打ってもらった。しばらく時間がかかるので私はいったん帰って
ムスメの面倒をみた。
点滴が終わるだろうと思って病院に行ったがあと1時間かかるとのこと。えらく遅い。
また帰って家事をこなした。チャイルドシートにムスメを乗せるのは大変なので病院に1時間後に状況を確認。
点滴が終わったとのことなので迎えにいった。ヨメはフラフラしていて調子はよくなかった。
夕食は私が作り、ヨメはムスメにご飯をあげた。
処方された薬を飲むため、胃に何かいれるため、カステラをヨメは食べ薬を飲んだ。
が、風呂にはいったあと激しく嘔吐した。
私は尋常じゃないと思い、はやく専門の先生に診せてあげたいと思った。
ヨメは具合が悪いながらも未だおっぱいをせがむムスメの要求に応えながら寝た。
明日はどうなるんだろう。。。
