誰かさんに触発され、どこかの片田舎の私も小説を書かせていただければ幸いである。

 ・・・大学の時、面白い先輩にあった。
 その先輩は、いつもある教授の研究室で研究をしており、いつも会うと『飯を食べに行こう。飯!飯!』というイメージから、『めしめしの人』と言われていた。
 その担当教授は、お会いしたことはなかったが、たまにサングラスをかけ、自然で作られた焼酎が大好きで、図書館などある意味立派な1点ものを建設しており、学生思いの点もあったのではなかっただろうか。(裏もいろいろ聞いたが、真相は知らない。)

 当時、大学の周囲には、建物は古くてもおいしい御飯屋さんが結構多く・・・

1、餃子がおいしいところ
2、豚バラが自慢のところ
3、安いラーメンがおいしいところ
4、大学の学生食堂で、薄切りの豚の味噌つけがおいしく、安かったところ(ただ、ご飯は少し硬くまずかった)
5、御自身が農業をしていて、そこから仕入れているため、安く提供できるお店

 等があった。 
 後で、風の便りで聞いた話だが、その教授が大学を去ってから、それらのおいしい定食屋はだんだんと消えていき、今では、ハイカラなカフェなどに変わっていっているという。また、学生寮は建て替わったが、寮費もかなり跳ね上がったと聞く。

 最近、格差社会もすすみ、ある記事を思い出した。

『子ども食堂』

 一昔前では考えられなかった話である。
 かつて、大学周辺で安くご飯をいっぱい食べられていた時代があった。
 無論、格差があるのは已む得ない事なのだが、一昔前は、それなりに分かれていて、しかし、そこもそこで衛生に気をつけ、こぎれいに営業していたのではなかったか。と。
 ところが、ネットの社会となり、情報が皆に共有してくるようになると、安いこぎれいな店が知れ渡り、その結果、そういうお店が欲を出したり(オーナーがそうでなくても、お子さんなどが)して、お店が無くなったり、逆に、ネットの波に乗れずに残念ながら潰れていったお店も少なくないようである。

 うまくいかないものかな。

 キーを叩く気持ちの裏に、そんな思いがあったりするのだが、なかなかうまくいかないようである。

 ・・・さて、その『めしめしの人』であるが、今どうしているだろうか。
 有名な学者になって、海外にて教鞭をとっている、と聞く。
 状況は分からないが、おそらく、指導教授の先生も、楽しみにされている部分もあるのではなかろうか。
 食堂で飯をにこやかに食べるその姿を思い出しつつ、今の『子ども食堂』の政治にすこし複雑な気持ちを覚える私である。【了】