県民性ってあると思う? ブログネタ:県民性ってあると思う? 参加中
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最近、こういう話題は聞かなくなったり、ごちゃごちゃな地域になってしまったり。

なんでだろう、と言われると、

チェーン店化による・・・(朝まで生テレビでも指摘されていましたが)

と言われています。県民性、基本的には無いです。というか、県民性どころか、国民性も消えてしまっているのではないでしょうか?

否、国民性が消えていない、むしろ、強く要求されている、という説もあります。県民性を上回ったという説も。

例えば、福岡市。
昔は、筑豊色が強く、武田鉄矢さんを代表する博多弁もあり、大阪弁なんて聞かれませんでしたが、大阪弁だ~と言っている人も多いそうです。
博多弁は根強く残っている気がします。

北九州市は、もともと、港町もあったため、標準語と方言がいろいろ混ざった地域でした。
ただ、港湾関係は、昔、標準語をしゃべらないと仕事にならなかったようです。方言をしゃべるとコミュニケーションが取れないからです。自然の流れも説明がつくんです。
さらにいえば、一時記、福岡市より北九州市のほうが発展していた時期すらあり、新聞印刷もあれば、標準語が方言になるのは当然と言えば当然でした。
ただ、方言をしゃべることも当然にある。
つまりは、バイリンガルみたいな感じになるわけです。

筑豊・筑後は、方言丸出しという人が多かったですが、筑後地域のほうが方言は薄いと感じます。これも地理学的に説明がつくわけです。福岡天神に働くとき、標準語を当然使うわけですね。そこに、博多弁も加わったりします。

で、結局のところ、方言が薄まったり、濃くなったり、混ざったりしているわけです。

実は、方言の使い方で問題になりました。

サッカーの応援で・・・

ぶちくらせ 北九州

という応援があり、これを使うなという事で運営側ともめたのです。

http://www.asahi.com/articles/ASHDH6RP5HDHTLLS00H.html
J2北九州の社長が辞任へ 「ぶちくらせ」問題で責任
宮野拓也2015年12月16日03時53分

この言葉に対し、正直思いは複雑です。

相手を負かして来い。という親心を理解してほしい。
これも分かります。
あれば、恐怖を感じるわ。
これも分かるわけです。

しかし、標準語をしゃべって、あるいは、無警告で澄ました顔をして人殺しをささっとやる・・・そういう人間もいます。それにくらべれば、『ぶちくらせ!!』と言ったほうが、どれだけ、危険を察知できることになるのやら・・・。

吉本新喜劇の『いてまえ!』と同じですよね。よくよく考えると。

で、最後に言えるのは、

チームの参加者(特にコアな応援する人)同士でとことん話し合うしかない

ということだけです。追い出してもらちが明かない問題、だと思います。

なお、上記方言の『ぶち』は、確か地元以外外でも使われていたのではないかな、と。
ただ、こういう場合、ヒートアップすると、本当にブチくらす場合があるんですよね。
繰り返しになりますが、それでも、どっちにしろ、標準語でも、ルール違反はルール違反で平気にやるのです。その点は理解すべきでしょうね。

標準語だったら不正をしないのか?みなさん、どう思いますか?

話は脱線しましたが、「県民性」がある社会ほど、いろいろなカルチャーを認めることにはなる、という事はあると思います。

※参考
いてまえ打線
(いてまえ打線(いてまえだせん)とは、大阪近鉄バファローズの打線に付いた愛称)
・・・要は、空気のKYではなく、危険予測のKYとTPOなのでしょうね。