タイトルの通り、帰省中に書いた記事だ。こうして家族と暮らしていた地元に帰るのも1人暮らしを始めた途端、至極少なくなった。頻度で言ったら3ヶ月に1回くらいか。家族に会えるのは嬉しいのはもちろんだが、せっかく帰るんだ、地元にいる、心から友達と呼べる友達に会いたい。少なくとも自分ではそう思っているやつら。


第一弾ということもあるので、紹介文にもある、なぜ僕が出版、もっと詳しく言うと雑誌編集者と言われる職業を目指しているかを説明しよう。

僕は小学生から高校生の途中まで、バスケットボールに夢中だった。なぜバスケットボールかというと、モテるスポーツであるからであった。バスケットボールは間違いなくカッコいいスポーツだ。野球ほど規則が多くない、ユニフォームもかっこいい、女子バスケ部、卓球部、バレー部など、館内で行うスポーツであるがゆえ、見守ってくれる(?)女子が近くにいる。とても充実感にあふれていた数年間だった。だが、辞めた。笑
顧問が変わり、ただただ面倒くさくなったから。いつも自分に甘いのだ。自分の理想に貪欲と言えようか、、

バスケを辞めた後もやはりかっこいいことはやりたかった。中学生の時に買ってもらったギターをいじってバンドを組もうとした。ギターは思っていたよりも難しかった。挫折。
「あー、かっこつけたい。」
そんな時にバスケ部を同じ時期に辞めた友達からダンスをやらないかと誘われた。そして僕は今の今までダンスの虜である。

常にカッコいいことがしたいのだ。それもみんなからカッコいいと思われるような。流行に乗る事は嫌いだが、多数派が実践する前に流行の先端を感じ取ってみんなに見せつける事は大好きである。

そう、''編集者になりたい''という目標を掲げる理由にはカッコよくありたい、という理念がある。だがかっこいい職業なんて他にいくらでもある。なぜ編集者なのか?

僕は服が好きだし(現在某アパレル店でアルバイト)、スケートボードやダンスも好きだ。だけど、服を本業にしようとは思わない。服は、その着る人のカルチャー、仕事、何かに関連付けられて着られていないと本当のかっこよさはでないと思う。そもそも服が作られたのって、仕事や、事柄が先行して、その後にその事柄に必要な機能をつけるための構造や形を考えて作られたものではないのだろうか。だから、僕はかっこいい服を着て、そのお店の中では着ている服の意義を見出すことのできない虚無感を感じることに僕は耐えられない。僕は。僕の着るようなスタイルの服では。加えて、スケートボードやダンスはただの本気で取り組んでいる趣味だ。

僕は生活する中でのかっこよさというものがどうも好きなようで、実践する中で常にカッコつけていたいようなのだ。つまり、耳に慣れた言葉で言うとライフスタイル。ライフスタイルは多岐にわたる。料理、飲食、仕事、アウトドア、居住環境、DIY、スポーツ、音楽、、ぜーんぶライフスタイルだ。これらの事柄を自分の身を通して感じることが出来て、かつ''これがかっこいいよ!これがすごい!''って世間に広める事ができるのっていいじゃんって思った。服も好きなもの着れるしね。時によると思うけど。
多分おそらく、編集者になって、その仕事をしている限りはかっこいい自分でいられる自信がある。そういうそれぞれのフィールドに本気になっている人達に関わるってことは自分も負けじとかっこつけなきゃって思うから。

編集者になって、編集長になりたい。それが今の目標。まだまだ話しきれない事もあるけど、頭が疲れてきたのでここらへんで。