本当に、こんな自分を変れることができるのだろうか?

 

こう、あなたは真剣に思っているかも知れません。僕も、そのひとりでした。ただ僕の場合は、〈算命学だけでも、霊的な現象だけでも、脳出血で倒れたことだけでも〉なく、それらすべてが複合的に絡み合って「人生が変わっていきそうだ。」と確信することができました。

 

でも、それ以外に、もうひとつだけ・・・明らかに〈人生を劇的に変えられるヒント〉が、僕にはあったのです。それは、「解離性同一性障害(多重人格障害)」という症例です。

 

解離性障害とは・・・私たちは通常、思考や記憶、感覚など、確実に自分のものであると信じて暮らしていますが、それが崩れた状態を指します。自分が自分であるという感覚が失われている状態、つまり〈解離〉してしまうことです。そのような状態の中、自分の中に複数の人格が現れることを「解離性同一性障害(多重人格障害)」と言います。

 

僕は、映画や小説(※1)の中で、この病気を知っていましたが、このようなことが起こる人間の潜在能力に興味がありました。

 

たとえば、自分の中に複数の人格が現れるわけですが、人格も明らかに次のような違いがあります。

1.年齢
2.性別
3.病気(アレルギー等も)
4.趣味・好み
5.言語・訛り(方言)
6.脳波
7.IQ
8.芸術的才能
9.文化人類学的背景

 

解離性同一性障害というのは、なんらかのネガティブなこと(虐待など)が引き金となって起こります。

 

しかし、それを逆手にとれば、人間は、人格を変えることで〈人生を劇的に変えられる〉可能性に満ちているのではないかと言うことです。

 

そこで、このことについて考察されている著書を見つけることができました。それが、田坂広志さんが書かれた「誰もがみんな、多重人格者? 眠った才能を開花させる新しいアプローチ法」(※2)という著書です。この本を僕自身もまだ読んでいないので、どれだけ、僕の考えと一致しているか不明です。

 

来週までに読了して、ぜひ、次回のブログで紹介したいと思います。できれば、あなたもお読みになってください。Amazonでは、高評価を得ているので期待大です。

 

では、次回。

 

(※1) ◎ 映画:スプリット、アイデンティティー、ファイト・クラブ、マークスの山など ◎ 小説:十三番目の人格  貴志祐介作、プリズム  百田尚樹作、五番目のサリー  ダニエル・キイス作など

 

(※2)

 

「めざせ!ジブんワールド」講座 8月12日(日)開催

 

今回は、願望達成の話題ですが、先に「消費行動」について触れます。

 

必要にかられて買うことを「左脳消費」と言います。ちょっと極端な例ですが、電車の乗車券などがそれです。「わけもなく乗車券が欲しい!」なんて人はあまりいません。乗る必要のないときは買いません。でも「仕事で渋谷に行く」となると、絶対に乗車券を買うでしょう。

 

一方、「これ、カッコいい!」「カワイイ!」と思って買ってはみるものの、家に似たようなものがいっぱいあるステイショナリー(文房具)。安いから買うモノもあれば、ウン万円もする万年質など衝動的に買ってしまう人もいますが、これは「右脳消費」というパターンです。

 

広告のことを少しでも勉強すれば、この2つの消費パターンをいかに組み立てれば売れるか?は、わかってきます。現代の広告のほとんどが、買いたいと思わせて、それを正当化させる、「右脳消費」から「左脳消費」へと組み立てられているのです。

 

たとえば、テレビショッピングの「高級お鍋セット」は、使い勝手の良さや見ための美しさを映像でみせて「右脳」を刺激し、〈調理時間が半分に短縮できる〉〈料理のバリエーションがさらに増える〉〈お子さんの代まで20年は使える〉などと、たたみ込むようにのように「左脳」に訴えれば、「早くしないと売り切れちゃう!」と申し込むために受話器を握ってしまうでしょう。

 

と、ここまでは、普通のセールスの話ですが、これを〈願望達成〉に置きかえると、こうなります。

 

たとえば、「右脳」でお金持ちになりたい!と願ったとしも、お金持ちになる必要性を「左脳」は問います。「わけもなくお金持ちになりたい!」なんて人はいませんが、「今月中に絶対100万円必要だ!」となると、それに向かって行動します。

 

でも、このように特別な理由がない限り、「左脳」は、絶対にお金持ちになれないネガティブな理由(不安や恐れ)を並び立てます。

つまり、いくら「右脳」でお金持ちの素晴らしさを認識していても、「左脳」はそれを簡単に許してくれないのです。「消費行動」のように、うまくいかない根強いものがあるのです。

 

では、どのようにすれば、その根を断ち切って、願望達成が叶うことになるのでしょうか。

 

それは、あなたが何を信じているかなのです。信じるもので、あなた自身が変わり、世界が変わりはじめます。逆に言えば、あなたが信じるものを持たない限り、あなたを取りまく世界は変わりません。

 

もっと平たく言えば、何の疑いもなく、これで良いのだという〈迷い〉をなくすことでしょう。

 

僕は「すべてがうまくいっている」と、心の底から思えるようになってから、この〈迷い〉がなくなりました。59年もかかりましたが、悪いことも良いことも、何があったとしても、今「すべてがうまくいっている」と思えます。

 

そうなったのは、算命学だけでもないし、霊的な現象だけでもないし、しかも、根拠があるわけでもないのにです。

 

人によって価値観が違うように信じるものも違います。今後の僕の活動は、あなたの信じるものを、どうすればあなたものにできるかを、僕は一生かけて模索し続けることになりそうです。

 

「めざせ!ジブんワールド」講座 8月12日(日)開催

 

僕たちの脳は、右と左に分かれています。右脳は、映像・図形の認識、空間認識、イメージや直感などを受け持っています。左脳は、言語や数理的推理、論理的思考などを受け持っています。

 

また、右脳は、〈現在〉がすべてで、今この瞬間を映像でとらえ、身体全体を動かせて学ぶのが特徴ですが、左脳は、〈過去〉と〈未来〉がすべてで、右脳から〈現在〉を取り込んで、過去と結びつけたり、未来の可能性を言語で考えます。

 

僕が脳出血した部位が左脳でしたので、病院に担ぎ込まれるのがもう少し遅ければ、言語障害になっていたかも知れません。

 

しかし、厳密に言えば、「言語は左脳、感覚は右脳」と、単純に分けることができず、大脳のほぼ全体でかかわってます。

 

さて、表題のピダハン族の話ですが、この種族の最大の特徴が、〈過去〉と〈未来〉の概念がないと言うことです。

 

この〈過去〉と〈未来〉の概念がないと言うことは、つまり、〈今〉しか理解できません。過去を振り返って懐かしんだり、後悔することもありません。

 

また、未来に対する不安もありません。冒頭で書いた、右脳がつかさどる世界観でピダハン族は、〈今〉を暮らしていると言えます。

 

彼らは、〈今〉目の前に見えること、起こること、経験したことしか信じないのです。

 

そんな彼らですが、見たことのない神なんて信じていないにもかかわらず、幸せに暮らしているのです。

 

宣教師は、「神を信じていない人類は幸せになれない」という考えで、キリスト教の布教をしてるわけですが、結局、この道理を解決できず、最終的に宣教師は、キリスト教の教えを信じなくなってしまいました。

 

私たちは、〈今〉を生きているにもかかわらず、〈過去〉と〈未来〉にとらわれ生きています。変化しない過去や、思い込みでとらえた未来にです。

 

しかし、道元が説いているように、常に変化するからこそ、悪が消滅し、善が生まれるわけで、それは〈今〉この瞬間でしか起こらないのです。

 

ピダハン族の世界観は、刹那的(一時的な享楽にふけるさま)と批判する人もいるかも知れませんが、実は、その刹那的な生き方こそが、本来のあるべき姿なのかも知れません。

 

「めざせ!ジブんワールド」講座 8月12日(日)開催

http://jibunworld.jp/jibunworld_kouza-1592.html

 

 

負けて泣く子どもほど、強くなれる。僕は、そう思っていて、逆に、負けてヘラヘラ笑っている子どもは、復活の機を逃したと言えるでしょう。復活とは、再生であり、さらなる進化です。気持ちを造らなければ、復活はあり得ません。

 

将棋には「3つの礼」というのがあります。

はじめに 「よろしくお願いします。」
対戦が終了したとき 「負けました。」
さいごに 「ありがとうございました。」

この3つの礼がなければ、はじまらず、終わることもできません。たとえば、この2つ目の「負けました。」と声を出して認めることが、復活のはじまりとなります。

 

往生際よく負けを認めるという意味もありますが、「今回は負けました・・・しかし、次回は・・・」という意識が、こう声を出して言うことで宿るのです。だから言われた方も、勝っても喜んでいてはならないのです。

 

しかし、世の中には<負けてヘラヘラ笑える人>や<負けたことにこだわり続ける人>がいます。

 

・うまくいかないとすぐあきらめる
・結果ばかりを気にしてしまう
・できなかったことにこだわり続ける
・自分の力を過小評価してしまう

 

ハッキリ言って、こんな人たちの方が多いのではないでしょうか?「復活したいのは山々だけど、無理でしょ!」と・・・。こう言う人たちのために、ちょっとしたヒントとなることを書いておきます。

 

それは、「逆説の10ヵ条」と言われているもので、マザー・テレサの言葉として世界中に広まりました。

 

しかし、それは、ケント・M・キースという人物が、19歳の時に書いたものだと知る人は少ないでしょう。

 

その経緯については触れませんが、この「逆説の10ヵ条」のキモは、「それでもなお・・・」「そうだとしても・・・」「そんなことにこだわりを持たずに・・・」という気持ちです。

 

逆説の10カ条

1.人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。それでもなお、人を愛しなさい。

 

2.何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。それでもなお、良いことをしなさい。

 

3.成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。それでもなお、成功しなさい。

 

4.今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。それでもなお、良いことをしなさい。

 

5.正直で素直なあり方はあなたを無防備にするだろう。それでもなお、正直で素直なあなたでいなさい。

 

6.最大の考えをもった最も大きな男女は、最小の心をもった最も小さな男女によって撃ち落されるかもしれない。それでもなお、大きな考えを持ちなさい。

 

7.人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていかない。それでもなお、弱者のために戦いなさい。

 

8.何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。それでもなお、築きあげなさい。

 

9.人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。それでもなお、人を助けなさい。

 

10.世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。

 

これらの「それでもなお、」という気持ち、意識こそが、復活のはじまりであり、繰り返される〈再生〉の力となるのです。

 

・また失敗してしまった・・・それでもなお・・・
・この苦労はいつまで続くんだろう・・・それでもなお・・・
・才能なんてないんだろうか・・・それでもなお・・・

 

自然界は、何があっても「それでもなお、」で、有り続けます。再生、復活とは、「それでもなお、」の意識、スピリッツなのです。

 

「めざせ!ジブんワールド」講座

 

 

かれこれ15年ほど、算命学(運命学)を活用してコーチングやコンサルティングをしてきました。

 

自分自身、算命学について腑に落ちる点が多々あるので、これからも「曖昧さの回避」という意味で、人生のツール的役割を果たしていくことを信じています。

 

そこで僕なりの、算命学に対する気をつけるべき関わり方や、受けとめ方について書いておこうと思います。

 

まず、大雑把に言うと、算命学であなたが何を知りたいかを明確にすることです。たとえば、ご自分の「性格(本質)」、「運気(運勢の周期)」、「好機(行動のタイミング)」、「天中殺」や、また、他人とのつきあい方などです。

 

多くの方が陥りやすい傾向が、すべてを算命学で知ろうとすることです。そして、算命学以外のことを頑なに、もしくは、無意識に受けいれようとしないことです。

 

もうひとつは、算命学を意識しはじめると、自分の中の本質が揺らぎはじめます。算命学でこう言われているのだから、「こうした方が良い」とか「こうしない方が良い」という考え方になります。

 

もちろん、算命学のアドバイスを受けいれようとする行為は正しいことなのですが、「自分は、本当はこうしたい!」という、あなたの主体性が、まず有りきなのです。

 

ここで例を上げておきましょう。

 

算命学には、大運天中殺という「大きく運気の流れが変化する時期」があります。この時期には、陰転と陽転、つまり、人生が好転していくか、暗転(もしくは変化がない)していくかの2通りがあるのですが、では、その2通りになってしまう要因は何なのでしょうか?

 

それは、これだ!と言う世界観を持っていて(もしくは、やりたいことが決まっていて)、それを極めようとする覚悟ができているかどうかです。

 

平たく言えば、「やっていてワクワクするし、私は、これをしているときが一番好き」と思えることに、あなたが到達しているか、または、目指しているかで決まります。

 

大運天中殺に入っていて陰転している人は、ここが決まらず揺らいでいるからです。

 

あなたは何をやりたい人なのか?は、算命学ではわかりません。何をやりたいのかは、あなたが知っているのです。それを素直な心で受けとめて、「では、どのように展開していけば良いの?」の指針を、算命学で求めれば良いのです。

 

大運天中殺であろうが、なかろうが、自分の世界観を持っていて(もしくは、やりたいことが決まっていて)、それを極めようとする覚悟ができていれば、必ず成功します。

 

僕が関わってきて成功しているクライアントは、100%極まった方々なのです。