病室を訪れると、まず飛び込んできたのが淡紅色の花だった。
桜かな?と思った。
「これ、花海棠(ハナカイドウ)です」。「桜もいいけど、これもすてきでしょ」。
ハナカイドウか。どことなくこの患者さんに似ているな。

カイドウさん(患者さん)は上品な方だ。
言葉使いはもちろんのこと、ちょっとした所作まで洗練されている。
職業柄だろうか。何気ない日常動作の端々に、その方の人となりを感じてしまう。

例えばこんなシーン。
「見て、このつぼみ」。「子どもがお辞儀してるみたいでかわいいわね」。
花海棠の垂れたつぼみにスッと手を差し出す。
たおやかで優雅、そしてどこか気高さを感じさせる空気が流れてくる。
優しさと芯の強さを兼ね備えた人なんだろうな。
そんな印象を抱かせる動きだった。

カイドウさんは弱音を吐かない。
痛い、つらい、苦しいといった言葉を口にしない。
がまんしているのか、さほど感じていないのか。
とにかく淡々とリハビリを行う。
それがまた彼女らしかった。

その日も病室まで迎えに行った。
いつもよりいくぶん顔色がさえない。
「いよいよお迎えが来たみたいよ」。
いきなり心臓をわし掴みにされた。

なぜ、急に、そんな。
「縁起でもないこと言わないでください」。
カイドウさんは静かに微笑むだけだった。
その日は軽めのリハビリで終了した。

次の日、カイドウさんが亡くなったとの一報が入った。
なぜ、急に、そんな・・・
昨晩、眠るように息を引き取ったそうだ。

人間、誰だって旅立ちの日が来る。
自分はどんな最期を迎えるのだろう?
カイドウさんのように予感めいたものを感じるのであろうか。
それとも、もうすべてわからなくなっているのか。

毎年、桜が散り始めると思い出す。
花海棠の貴婦人。
品のいい言葉使いがまだに耳に残っている。