イネさんは大きなリュックサックを担いでやってくる。
小柄なイネさんと大きなリュック。
前かがみで歩くその姿は、まるでカタツムリがはっているかのようだった。

彼女は明るい。
よく響く高い声で笑うと、まわりがパッと華やぐ。
話好きで誰とでもすぐにうちとける、そんな気さくさが魅力だった。

その日もイネさんはリハビリにやってきた。
背中にはいつもと同じリュックサック。
でも、なにかが違う。
なんと、リュックサックの背の部分に、「田中イネ84才」とデカデカと書かれているではないか。

「イネさん、それ、どうしたの?」
「あのね、自分のだってすぐにわかるようにね」。
そうだね。あそこまで大きく書かれていたらすぐにわかるよね。
でもね、イネさん、いくらなんでもやりすぎじゃない?
それ背負って歩いてたら、みんな振り返りますって。

まあ、当人がよければ、まわりがやいのやいの言う必要はない。
彼女がリュックサックをなくす確率が減ったのであれば、それでいいではないか。

それからほどなく、イネさんは姿を見せなくなった。
その後どうなったのか、いまだにわからない。

それにしても気になる。
あのリュックサック、次の誕生日が来たらどうするつもりだったのか?
そのままか、あるいは「85才」と書きかえるのか・・・
いや、もしかしたらイネさん、あのリュックサック、1年したら断捨離するつもりだったんじゃないだろうか?

やめよう。
考え出したら眠れなくなる。