あの夏、スクリーンの彼女は水着にきがえた。
あの春、リハビリの彼女は着物にきがえた。

凛とした気品の漂う人だった。
とても80を超えているとは思えなかった。
その人は言った。
もう一度着物が着たいの-。

でも・・・彼女は足を引きずっていた。
脳梗塞の後遺症。足がマヒしてうまく動かない。
目標は決まった。着物を着て歩けるようになること。

リハビリが始まった。
彼女は身体内部で起こるさまざまな変化を注意深く感じとっていく。
それはあたかも、自分の身体をフィールドワークしているかのようだ。

悩み、少し喜び、また悩む。
セラピストも同じように悩む。
そんなことの繰り返し。
しかし、歩みは止めない。
再生に向けて、一歩、また一歩。

「一念岩をも通す」ということわざがあるが、まんざらウソでもないらしい。
そして、やがて退院。

どのくらいたっただろう。
ある日、着物姿の婦人がリハビリ室の前に立っていた。
凛とした気品の漂う人だった。
彼女が着物にきがえたら-。
ひと仕事終わったな、と思った。