▼文化の源泉としての衝動
文化を作る…とは
その中心にあるなにか
そこには文化的な面白みがある、ように思う
それが「衝動」ではないだろうか
人を突き動かす原動力
具体的例示
・祭り
→ケに対する発散としてのハレ
→抑圧に対しての発散
カウンターカルチャーもこれと同様
・能
→一回性の出来事の再現
→人生の再現しようのない出来事を再現するという取り組み
→自己表現の原点
→感じたものの再現と共有
→存在の不安に対する対抗策
一回性の内的体験の共有
・仏教
…
▼衝動の源泉と衝動が文化というプロトコルを得るまで
衝動が源泉となって人は突き動かされる
それが個人の範疇を超えて共有される、世代を超えて継承されると文化となる。
単なる衝動を再現可能にするには知性に基づいて、その体験が再生産されるようプロトコルに落とし込まれる
必要がある。
そのとき文化になる。
文化として徐々に洗練され、道にまで昇華されるものもあれば、生活の中に根付く習慣や生業、また、口伝などよりプリミティブな形で
プロトコルとして未精製なものもある。
それぞれで魅力のあり方が違う。
ただ、プロトコルとして型が決まれば決まるほど、そこに奔流は感じられない。
荒々しさにこそ、原初の感がある。
そうしたものが原型では…
プロトコル化が進んだものには、そもそもそれが伝えたかった「衝動的に追い求めたい原初の魅力」に焦点を当てたい。
型のなかに何を味わうか、そうした精神性が重要視される。
▼文化の更新/再生産
ひとつの流れがある。それに対して沿うことはその流れの系に対する正。賛成される動き。
それと別で、ほとばしる力、 そうばかりではない力が働く。
過去の潮流に対して必ず別の奔流が生まれる。
また別の衝動。これが新しい文化の魅力、源泉。
良しとされるものが変わる時が来る。
▼自己表現という衝動
とは自己代謝。
代謝とは円運動のイメージ。間違っても直線ではない。
入れたものを自分の回路でぐるぐる回して副生成物を生じながら、最後に最終生産物を吐き出す。
この吐き出す作用が、今書いているこの文章。
吐き出す先がないとエラーを起こす。
精神的な動作、作用として、のーていしょんし続けることが重要。
そうでないと自分が自分の通りに動かない。
正しく代謝が行われないと、軸が不安定となる、自己存在の不安が増し、自分以外の世界との付き合い方がうまく回らないようになる。
自分に不可欠な所作だ。