地引家饂飩場のブログ
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平成24年 加波山きせる祭り

大変ご無沙汰しております
前回の書き込みが、なんと約3年前・・・。
公私共々まぁ色々とありまして、
なかなか筆を取る・・・あぃや、キーボードを叩く時間がなく、
今日の今日まで放置状態となってしまいました。
楽しみにされていた方々、申し訳ない
(と、そんな方は稀有かな(笑))

さて、今回は加波山で毎年9月に行われている
「きせる祭り」についてのレポートです。
前回参加したのは3年前、こちらは私のミクシーにアップしてありますが、
一部の方にしか公開されておりません(あしからず)

前回までは9月5日に行っていたこのお祭りも、
今年からは諸事情により、9月の第一日曜日に行われるようになりましたので、
きっと来年からは参加者も大幅に増え、より盛大に執り行われる事でしょう。
(かなり希望的観測が入っておりますが・・・)

てな訳でとても前置きが長くなりました。
ここからはチャッチャと行きます。

境内につながる参道にはこんな幟(のぼり)が掲げてあります。
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山に登る前、麓から山頂を見ると霧がかかっており天候が危ぶまれましたが、
案の定、雲の中にいるような状態です。
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この鳥居を抜けて神社へ向かいます。

11時開始ですが、ちょいとばかし遅刻(苦笑)してしまいましたので、
既に火熾しの儀式が執り行われておりました。
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宮司さん曰く「もうだいぶ慣れましたよ」との事で、
確かに3年前に比べたらだいぶお上手になっておられ(こりゃ失礼をば^^;)、
あっというまに火が熾きました。

きざみたばこを火皿に詰めながら、たばこの説明をしている所です。
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いつからか分かりませんが、今回は「こいき100%」を詰めてます。
喫味が大いに期待されますね。

たばこの草で出来てる御幣です。
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今宵一服煙草二抄【ききょう篇】

今からちょうど30年前の1979年、当時では唯一残っていた
きざみたばこ『ききょう』が廃止されました。

きせる愛好倶楽部部員の方で『ききょう』をお持ちの方がいて、
一度喫ませて頂いたのですが、非常に味わい深い喫味でした。

私も、とある筋から『ききょう』を入手することが出来たのですが、
コンディションがあまり好くなくメンテナンスが必要でした。
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包装の上からでも痛み具合がある程度分かります。

開封してみるとやはり・・・
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おそらくなんの注意も払われずそのまま放置されていたと思われ、
中身はパリパリカサカサでした。
しかし私の推測ですが、その乾燥状態がたばこにとっては
反ってよかったのではないかと思っています。

取り扱いしやすいように加湿してから、変色している部分や
痛んでいると思われる部分をピンセットで根気よく取り除きます。
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30g入りの『ききょう』を『こいき』の箱(4個)に分け、
さらに若干加湿を行います。

こうして8箱の『ききょう』が完成しました。
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もちろん粉も捨てません、まぶしながら使います。

しかし『小粋』の箱ではなんとも『無粋』なのでオリジナルで箱を創りました。
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まずは小粋の箱に合わせて画像を印刷。
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それらを小粋の箱に合わせて切断。
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片側ずつ貼り合わせて・・・
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オリジナル『ききょう外箱』の完成です。
これで少しはマトモになったでしょうか(笑)

昔のたばこの味を知らなかった私には、大変幻想的な喫味がしました。
ホント奥深い味わいですよ~。

【おまけ】
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なんだか分かりますか?

ふっふっふ・・・
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前回入手したモノよりも格段にコンディションは好いと思われます。
これだけあればおそらく一生分は持つと思います(笑)

今宵一服煙草二抄【小粋篇】

『小粋(こいき)』は純国産葉たばこを使用した刻みたばこで、
現在国内で入手出来る唯一の細刻みです。
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命名した方には大変申し訳ないんですが・・・
もう少し気の利いた名前は付けられなかったのでしょうか。(苦笑)
何かのきっかけで、昔の花シリーズの名前を付けて欲しいと思っている
愛好家はきっと少なくないと思います。

『小粋』は在来種と呼ばれるたばこ葉を、ある一定の決まりに基づきブレンドし
常に安定した喫味を得られるよう細心の注意を払いながら作られています。

では開けてみましょう。
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きざみ幅約0.1ミリ、長さ76ミリのきざみたばこが10g入っています。
開封して即、使用(喫煙)出来るのですが、その前に一度状態を整えると
さらに美味しく喫煙することができます。(個人的感覚ですが)

上の写真と比べて見て下さい。嵩が増えたように見えませんか?
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出荷時には木片でギュっと押さえ、空気を抜いてあります。
きざみたばこが崩れないように、上の方から少量ずつほぐし
徐々に下までほぐします。こうして空気を入りやすくします。

小鉢に少量の水を入れ、きざみたばこと一緒に入れられる容器へ入れます。
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フタをして半日~約1日置いておくと、きざみたばこが好い感じに湿度を持ちます。

きざみたばこは乾きすぎるとパサパサになり、
丸めるときに粉になりやすくなります。
また喫味も辛く尖った味わいになります。

湿りが多いとまろやかな喫味になりますが、湿りすぎる着火が悪くなります。

加湿の具合は十人十色ですので、色々と試して自分に合った状態を探します。

では、どのようにして丸めるのか見てみましょう。

軽くひとつまみして、丸めるというより折りたたむ感じです。
火皿の大きさによって丸める大きさも若干変わってきますが、
おおむね10ミリ程度の玉にします。

軽くひとつまみする時に、余分な部分をきせるの雁首で捌くと見た目もスマートです。(今回は撮影のため、右手が使えなくて出来ませんでしたが^^;)

ギュっと固めて丸めてしまうと火の廻りが悪くなり喫味にも影響します。
『フワっと優しく丸めるとしっかり火が廻って美味しく楽しめる』
と、いうのが私の個人的見解です。

おそらく普通の自販機には売っていませんし、
普通の街のたばこ屋さんにも置いてないので10個まとめて購入してます。
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密閉した瓶に入れるのは乾燥を防ぐためです。

使用しているきざみたばこが少なくなってきたら次のきざみたばこを
前述したように準備します。

使用しているきざみたばこは、最後は粉だけになってしまいます。
若干多めに加湿し新しく開封したきざみたばこへ少量ずつ喫煙するたびに
振りかけ最後の最後まできれい残さず使い切ります。

喫煙頻度にもよりますが、私は常にきせるで喫煙して、
1箱で1週間程度楽しむことができます。

細きざみたばこは、繊細且つ芳醇な味わいを楽しめる世界でも類を見ない
日本独自の文化です。ぜひ一度お試し下さい。

今宵一服煙草二抄【たばこ入れ篇】

たばこをいつでもどこでも愉しむため携帯できるようにしたのが

たばこ入れです。



たばこ入れにはいくつか種類があります。


・一つ提げたばこ入れ

たばこを入れる袋と腰に提げるための紐と緒締と根付からなる。



・提げたばこ入れ 

一つ提げにきせる筒を付けたもの。



・腰差したばこ入れ

根付の代わりにきせる筒を腰に挿すようにしたもの。



・前差したばこ入れ(女性用)

腰ではなく前に差し、袋がやや小さめのもの。



・懐中たばこ入れ

着物の懐中に入れるもの。(鬼平はこれを使ってます)

扁平なふたつ折の袋を鞐(こはぜ)で留めるものが多く、

袋と同素材のきせる筒が付くものが多い。



・袂落したばこ入れ

二つの袋を紐でつなぎ首にかけ、左右それぞれの袂へ入れるもの。

忘れ物をするのが恥とされた江戸時代の武士が好んで使った。



これら以外にも杓子形たばこ入れやとんこつたばこ入れなどがあります。



紙巻たばこを止め、きせるで喫煙するようになると、

もう紙巻たばこには戻れません(笑

それくらい刻みたばこは味わい深いものなのです。



そうなると、必然的にきせると刻みたばこを持ち歩かなければなりません。

私は普段、着物を着る訳でもなく洋服で生活していますから、

昔からのたばこ入れはどうもしっくりこないのです。


そんな中、考え出したのがこれです。
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ライトセーバー型扇子入れ


きせるの長さはいろいろありますが、一般的に持ち運びに便利な

おおよそ6寸7分(約20cm)前後のものが多いのです。

この長さ、箸や扇子の長さとだいたい同じなんですね。

ですから、扇子袋や箸袋がそのまま使えるという訳です。


このライトセーバーへ、編み込んだ綴じ紐を巻きつけ、

刻みたばこの箱とフックを取り付け、

このフックをベルトループへ引っ掛ければ今風なたばこ入れの完成。


これなら洋服にもバッチリですよ(笑


そうはいってもやっぱりそれなりなたばこ入れが欲しくなるもんです。
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腰差したばこ入れです。一応持ってますが今のところ出番はありません。

筒は昔のもの(時代不明)、袋は印傅です。

オークションなんかでたくさん古い物が出品されていますが、

実用性となるとやっぱり新品に近いものが一番です。


こうした道具には誂える楽しみというものがあります。

以前、池袋の物産展でずっと探し求めていた『しな布』と出会い、

特別にたばこ入れを誂えてもらいました。
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これ、巾着とお揃いです。

しかし、緒締めや留め具など、まだ未完成なままです。

きせる筒も知り合いに製作をお願いしているところなので、

まぁゆっくりと完成させていこうと思っています。


さまざまな『見立て』を楽しんだたばこ入れは、

数少ない装身具として用いられていました。


より良い素材を選び細工を加え、それぞれをひとつの筋の通った

意匠でまとめ、その感覚の良し悪しは完成度に反映しました。



安易なように見えますが私のライトセーバーも一応『見立て』です(笑



参考文献:ことばにみる江戸のたばこ(たばこと塩の博物館[編])

今宵一服煙草二抄【火付け道具篇】 

人類は火を手に入れ、それを自由に使いこなす事により
文明を築き上げたともいわれています。


はるか昔は自然発生した火を大切に保存してましたが、
やがて摩擦熱や火花から火を熾す方法を発見しました。


たばこが日本に伝来した頃も当然、火熾しは火打ち石によって行われていました。
そんな火熾し道具が今でも入手できます。
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吉井本家謹製『火打石』~江戸の火おこし道具~


ではさっそく箱の中身をご紹介
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左から『付け木、ろうそく、火打ち石、火口(ほくち)、火打ち鎌(金)』


屋内では火を熾すために『火打ち箱』と呼ばれる箱にこれらの道具一式を揃え、

火口に向けて火花を散らし、ジワジワ燃えた火を付け木(マッチのようなもの)

に移し変え、ろうそくに火を点しました。


江戸時代になってようやくこれらの道具が一般に普及し始めた

といわれています。


ちょっとたばこの話とは逸れますが、

この火打ち石は切り火と呼ばれる使い方もあります。


「古来より火の神は家を守る最高神とされ、

火には呪術的な浄化力があると信じられてきました。

古神道や仏教はもちろん民間でも不浄を断ち、

邪を払う切火は古くから行われてきました。」(吉井本家火打石のしおりから)


いわゆる切火は厄払いや邪気を祓う日本古来の風習なんですね。

「いってらっしゃい」とカチカチやってもらうと、どこか身が引き締まるでしょう。


話を戻して、たばこに火を点けるという事だけで考えれば、

その昔はかまどや囲炉裏、火鉢など常に火のあったところから

炭を移して煙草盆の火入れに仕込んでおけば事が足りました。


また、これらの道具をひとまとめにして携帯できるようにした袋を

『火打袋』といいます。この袋は日本の袋物の元祖と考えられています。


喫煙そのものが生活に定着し、比較的簡単に火を求められるようになった

江戸時代以降、火打袋を持ち歩く習慣は減りましたが、

それでも旅に出る時などには欠かせない必須道具でした。


その他、火種そのものを携帯する『火縄』も存在しました。

これは一本の火縄の燃焼速度によって時間を計測したりする道具にも

使われていたとの記述もあります。


そんな火縄とはちょっと違うんですが、火縄ライターなる商品もあります。

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火薬が仕込まれている火縄に火花をガリガリあてることにより、

火縄へほんのり火がつきます。結構雰囲気ありますよ。


さて、だんだんと火の扱いが一般的になってくるに従い、

それらの道具も姿を消すようになります。

それでは、この火打ち石、どうやって使うのか実際にやってみましょう。

慣れると数回打つだけで火を熾す事ができます。

なんともいえないこの『面倒臭さ』が非常にノスタルジックです。


とはいえ、屋外で火を熾すのはなかなかコツのいる作業であったため、

江戸中期には、加賀のからくり師『大野弁吉(1801~1870)』の考案により

ライターの原型のようなものが考案されます。

(これは以前は平賀源内(エレキテル)の考案と言われていました)


時代が明治になると燐寸(マッチ)が登場します。
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こちらは定番『兼松日産農林(株)』社製マッチ。


マッチの登場により着火は飛躍的に便利になりました。

また、きせるで喫煙した場合、火皿に残った燃えカスを

マッチの軸で掃除したりと、とても都合が良かったと聞きます。


時代は流れ 1918年(大正7)、オイルライターが登場します。
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IMCO(イムコ・オーストリア)社製、『トリプレックス・スーパー』

形は発売当初とほぼ変わらずワンアクションで着火が可能。

(ちなみにだいたい誰でも知ってるジッポーの発売は1932年)


それでもよっぽどのこだわりがない場合では、

マッチの使用がごく一般的でした。

(マッチを使う、というこだわりは別として・・・)


その後、1946年(昭和21)にフランスのフレミナール社(のちのBiC)が

ガスライターを発明し、アメリカの『ロンソン』やイギリスの『ダンヒル』

によって世界中に広まりました。


日本では1975年(昭和50)、東海精器より『チルチルミチル』という

100円ライターも発売されるようになり、マッチの使用も激減することになります。



『たばこに火を点ける』という行為自体は単純なものですが、

その単純な行為が故に、道具にこだわりを持つというのはとても大切な事です。



参考文献:ことばにみる江戸のたばこ(たばこと塩の博物館[編])

今宵一服煙草二抄【煙草盆篇】

「客あればお茶より先に煙草盆」

江戸時代には客をもてなす役目をしていた煙草ですが、
今の時代ではいろんな意味ですっかり事情が変わってしまいました(苦笑

しかし茶道では今でも煙草盆を使うようです。
実際には使用しない場合が多いようですが、
それでも正客の位置を示すなど重要な役割があるようですね。

お茶の席での一服の仕方にも作法があります。
それは後述するとして、やっぱり煙管でたばこを吸っていると
煙草盆が欲しくなるのは自然の流れで・・・(笑

なにもそこまで・・・とは言わないで下さいね
こういうモンは格好が大切なんですよ(笑

ということで、煙草盆のご紹介です。
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こんな用心箱に入ってます。

文字の部分だけ見事になくなっており、
製造メーカーが判別できません。
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購入元にも聞きましたが分らずじまい。
どなたかご存知の方がいらっしゃいましたらご一報を~。
(ちなみにコレ、デッドストック品です。)

茶道をやってる人なら理解できるんでしょうが、
私にはなんの基礎知識もありません。
灰がどーだのとか炭がどーだのと言われてもサッパリ(苦笑

本当はもっと手軽な灰でいいんだと思いますが、
とりあえず用意したのがコレ。
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『風盧灰(ふろばい)』
たぶんこんな高いのは不要なハズです(笑

次に用意したのがコレ。

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『火入れ用の炭』
たぶんコレも普通の炭でいいような気が・・・
ただパチパチ弾けないだけマシみたいですよ。

炭を熾す道具も本来ならしっかり用意すべきなんでしょうが、
コレばっかりは代用品でもなんとかなりそうなので
向かった先は100円ショップ。
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しめて420円(税込)なり。

さて、炭を熾しましょう。

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およそ20分、やっと火がつきました。
はぁ・・・20分(苦笑
火の熾し方も色々調べましたがやっぱりこのくらい掛かるんですかね・・・。

念の為、台十能(もどき)へ移します。
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サイズぴったり(笑

さて、火の熾きた炭を火入れにセットします。

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う~ん、いい感じ。

灰ならし(もんじゃの『ハガシ』)と煙管をセットして完成。

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いつでも一服しにきて下さい(笑

さて、炭火で焼肉は食べた事はありますが、
煙管に火をつけるのは初体験であります。

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噂通り、炭火はまろやか~な感じがしました。

一服終ったら『灰吹き』へ灰を落とします。

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別名『灰落とし』とも言いますが、要するに灰皿です。
よくコレを『煙管立て』とか勘違いしてる人も多いようですが・・・。
でもって火入れを灰皿にって・・・。
まぁ現代では勘違いもやむなしってとこですね(苦笑

この『灰吹き』またの名を『吐月峯(とげっぽう)』と言います。

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ちょっと薄くなって読みづらいですが。

この『吐月峯』は駿府(静岡)の丸子(鞠子)にある
『吐月峯柴屋寺(天柱山吐月軒柴屋寺)』からきています。

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詳しくは読んで下さい(笑

これが本堂です。

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機会があったら訪れたいですね。

この峰から月が吐き出されたような感じから名付けられました。

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お寺の周囲は竹が鬱蒼と茂っており、その竹を用いて工芸品を
作るようになりました。そんな中に『灰吹き』もあったのです。

吐月峯の焼き印が捺された灰吹きは一躍有名になります。
しかし単純な品物だった為、贋物も多く出回ったそうです。
もしかして私の持ってるものも贋物かも・・・
こりゃやっぱり本家本元まで行って求めなくては(笑

こうして『吐月峯』と書いて『はいふき』と読むくらい
世の中に定着していったのでありました。

ちょっと一服でもしましょうか(笑
ここで一味違う『吐月峯』の紹介です。

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『吐月峯』というお菓子が存在している事を知りました。

本来ならその地へ赴き直接買い求めるべきではありますが、
どーしても早く食べたい一心でネットで注文しますが・・・
なんだかゴタゴタした事情があって今は直接販売はしてないんだそうです。
でも簡単には諦めませんよ~どうしたら入手出来るか聞いて早速電話で注文。

届きました、吐月峯~。

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雰囲気を充分に表現したなかなか乙な包装です。

丸子はとろろ汁で有名だそうで、この饅頭の皮にもとろろ汁が使用されています。

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竹林と月が見事に表現されています。
刻んだ栗も入っており、甘さを抑えたちょっと上品な味に仕上がっております。



さて、一服し終わった処で話しを元に戻しましょうか。

煙草盆としての形が見られるようになったのは
17世紀の前半、千宋旦(利休の孫)の頃と言われています。
そして元々あった香具が転用されたものと考えられています。

香炉が火入れ、焚殻入れが灰吹き、そしてそれらをまとめ置く盆。
『盆』というくらいですから、初めの頃はお盆に載せられていました。
古い煙草盆をみると灰吹きが竹以外のものもあります。

もっともお客様をもてなす道具でしたので、
それらの品々には亭主(所有者)の趣味や感覚などを充分に凝らしたものでありました。
たかが煙草盆といえども重要な道具のひとつなんですね。

現在、薄茶の席では喫煙するしないにかかわらず、必ず出される煙草盆。
私がそういう席に呼ばれる可能性はまず皆無だと思いますが、
煙管使用者として使い方くらいは知っておくべきだと思い、
ちょっとだけ勉強しました(笑

まず、煙草盆は正客の正面に置かれます。
(正客じゃないのにうっかり座ったら大変ょ)
畳の縁の外側に銘や花押があればそれらが正面に向いています。
火入れを左側、灰吹きを右側になるようにします。

煙管は煙草盆に掛かるように置かれます。
これが未使用の状態を示します。

客がたばこを吸う場合、亭主にたばこを頂く旨を挨拶し、
煙草盆を引き寄せて一服します。
吸い終わったら煙管の吸口を懐紙で拭き雁首を煙草盆の底にあたるように置きます。
これが使用したという状態を示します。
そして次のお客に回すか、元の位置に戻します。

吸い終わって灰吹きへ灰を落とす際、燃え残りの煙が立ち上がるのは
無作法とされているので、あらかじめ少量の水を入れておく場合もあるそうです。
ちなみに雁首を叩きつけて灰を落とす行為も無作法なんだそうです。
(コンと叩くのは気持ちがいいんですけどねぇ)

最近では煙管ではなく、紙巻タバコを置く場合もあるとか・・・。
なんか格好つかない気がしないでもないですなぁ(苦笑

さて、自宅ではまた違う形の煙草盆を使っています。

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これは取っ手が固定されているので『提げ』と呼ばれる形です。
取っ手が可動するものは『手付』と呼ばれます。

取っ手は火をつける際に持ち上げる時に持ち、
移動で持ち運ぶ際には底を持つのが作法です。

形についてはなんのきまりもない煙草盆。
趣味や感覚を活かしたその道具には所有者のこだわりが
充分に感じられることでしょう。

今宵一服煙草二抄【刻みたばこ篇】

現在、刻みたばこは『小粋(こいき)』という1銘柄しかありませんが、
その昔はどうだったのでしょうか。

たばこが日本に伝わってから全国各地で産地独特の特色を持った
いろいろな葉たばこが生産されていました。

元禄末期(1700年頃)を境に、喫煙やたばこ栽培が事実上認められるようになると、
『たばこ』の製造・流通などが急速に整備され地場産業として発展をたどります。

たばこは換金性の高い作物であったため、
地域の特産品として貴重な現金収入源となりました。

また、耕作地の土壌や気候によりたばこの味や品質に大きな差が出る中で、
『銘葉』とよばれるたばこが誕生します。

そのいくつかを紹介しましょう。

江戸時代のたばこ銘柄の多くは生産される土地の名前で呼ばれます。

・『服部』(摂津国島上郡服部村[現大阪府高槻市])
高級ブランド品として全国に広まったが、徐々に需要者の嗜好の変化などにより
次第に衰退。明治の頃に完全に姿を消す。

・『国分(国府)』(大隈国曽於郡[現鹿児島県])
最高級品として名を馳せる、贋物も多く出回ったらしい。
一般的に「国分」といってもさらに細かな品種に分かれていた。
大正時代末期から昭和にかけて両切り紙巻タバコの人気によりその需要は減少し、
現在同地方で栽培されているタバコは黄色種で在来種の国分は姿を消している。

・『舞留』(摂津、山城、丹波などの産地の葉のブレンド)
国分たばこに次ぐ人気銘柄。上質なものから、留葉、舞葉、薄舞と呼ばれた。
そのほかにもさらに細かく分類して販売されていた。

当時から各地で生産された種類の異なる葉たばこを客の好みに応じて
ブレンドして販売していたようです。

刻みの方法も時代と共に変化していきました。
伝来当初は乾燥させた葉を包丁で刻むだけでしたが、
嗜好品として暮らしに浸透していく中で徐々に細く刻むようになりました。

たばこの葉は細かく刻むほど味がマイルドになります。
日本人の食文化でもそうですが、あまり強い味や刺激を好まない事が
そのままたばこにも影響していると考えられます。

さて時は移り、時代は明治。
明治37年(1904)に煙草専売法によってたばこは製造販売まで
国の管理下に置かれることになり大蔵省専売局から日本専売公社となり、
昭和60年3月まで専売の時代は続きます。

専売制になってもすぐには刻みたばこは発売されませんでした。
これは民間の刻みたばこをすべて売り切ってからという計らいだったようです。

それでは専売時代の銘柄を紹介しましょう。


[福寿草]明治38年~昭和5年(1905~1930)

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[白梅]明治38年~昭和14年(1905~1939)

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[さつき]明治38年~昭和15年(1905~1940)

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[あやめ]明治38年~昭和19年(1905~1944)

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[はぎ]明治38年~昭和20年(1905~1945)

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[もみぢ]明治38年~明治40年(1905~1907)

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[薩摩刻]明治41年~昭和15年(1908~1940)

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[富貴煙]明治43年~昭和40年(1910~1965)

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[富貴煙]は細刻みクズだったそうです。


[水府]明治41年~昭和15年(1908~1940)

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水府は茨城県常陸太田市(旧久慈郡赤土村)産で、赤土村の安養院の住職
宥範上人が慶長13年(1608)に江戸の儒学者である林羅山から種子をもらいうけ、
その種子を村民の金田次兵衛に与え、寺の境内で試作したといわれる。


[みのり]昭和16年~昭和40年(1941~1965)

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みのりは下級品だったようです。


そして、ついに当時の国産最後の銘柄となりました。

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[ききょう]昭和23年~昭和54年(1948~1979)


これで刻みたばこの歴史が潰えたかに思えましたが、
専売公社は[山吹]というきざみをマカオから輸入し急場を凌ぎました。

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その[山吹]も平成15年(2003)に姿を消します。
話によると、あまり美味くなかったようで・・・。


[ききょう]が姿を消し、たばこ農家も在来種を栽培しなくなってから
久しく時が過ぎますが、日本の伝統文化の復活を望む声が多いことから
専売公社が『日本たばこ産業』に変わった昭和60年(1985)12月1日、
ついに純国産葉を原料にした[小粋]が誕生します。
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現在は『水府・出水・阿波・松川・だるま』などの5種類を
ある一定の決まりに基づき季節の変化や葉の出来具合により
微妙に調整しながら葉組みを行い生産されています。

参考文献:ことばにみる江戸のたばこ(たばこと塩の博物館[編])
参考サイト:JT

今宵一服煙草二抄【煙草・喫煙の歴史篇】

二十歳を過ぎて自然と煙草を吸うようになってから、
煙草の事なんかまったく考えた事もなかったのに、
煙草税値上げか?のニュースが報じられた事をきっかけに
何か対策を講じないとマズいよなぁ・・・と
思ったのが『煙管で喫煙』との出会いの一歩でした。

まぁ健康に関する云々議論については他に譲るとしまして、
まずは煙草そのものがどういう経緯で日本に伝わったのか、
いろいろと調べることにしました。

するとどうでしょう。

結論からいうと『はっきりしたことはわからない』んです。

日本の煙草について詳しく書かれた書物に
『蔫録(えんろく)』(大槻玄沢著 文化6年1809)というものがあります。
煙草・喫煙の歴史をひも解く上で大変重要な資料です。

その『蔫録』を研究した宇賀田為吉氏が手始めに書きまとめた書物がこれ。
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『タバコの歴史』(岩波新書 昭和48年1973)

普通に本屋に売ってると思って行ったら、とっくに絶版でした。
ネットで色々調べてみたら二束三文で売りに出ていたので、
購入してみると・・・こりゃ驚いた。

全くの新品、いわゆるデッドストックでした。
通称『元パラ』と呼ばれる当時のままのパラフィンに包まれ、
折込広告やら栞やら、全部そのままの状態にびっくり。

さて、その宇賀田為吉氏が数年後に集大成として発表したのがこれ。
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『煙草文化誌 蔫録ならびに訳注』(東峰書房 昭和56年1981)

偶然、特別装丁限定版を発見したので、まぁ中身は同じなんですがね、
せっかくなら・・・って事で・・・。
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表紙に陶板が嵌め込まれています。

こんな本も読んでみました。
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『タバコの歴史』(上野堅實著 大修館書店 平成10年1998)
元「たばこと塩の博物館」館長が書いた本ですね。

さらにこんな本も読んでみました。
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『喫煙伝来史の研究』(鈴木達也著 思文閣出版 平成11年1999)
煙管というよりはパイプ界で著名な方のようです。

まぁハッキリいって上記2冊は難しいです(苦笑
ただしどのように研究しアプローチするかの方法については大変勉強になる本ですね。

簡単に知りたいのであればこれが一番分かり易いと思います。
地引家楽團のブログ
『ことばにみる江戸のたばこ』(たばこと塩の博物館[編] 山愛書院 平成20年2008)


これらの書物に、いろ~んな事が書かれています。
しかし、煙草が日本にどのようにして伝えられたのかについての
断定および断言は避けられています。

なんだか煙に巻かれたような話です・・・(* ̄- ̄)-y─┛~~

今宵一服煙草二抄

江戸時代の人気作家『山東京伝』の弟、『山東京山』という戯作者の
滑稽本に『春宵一服煙草二抄』(文化八年(1811)刊)があります。
これは兄京伝の引札『烟草一式重宝記』を庶民が面白く読めるように
作りかえた本です。

題名は宋(中国)の文人、蘇軾の『春夜』の一節にある
『春宵一刻値千金(春の夜はわずかな時間でも大変価値がある)』をもじり、
ひと休みという意味で使われている「たばこにしよう(煙草二抄)」を当て、
たばこにかかわるいろいろな秘伝を集めた内容となっていました。

と、いうことで・・・
今回の題名「今宵一服煙草二抄」は現代における煙草、
特に煙管での喫煙に関する諸々について、いっぷくでもしながら
いろいろ紹介しましょう、という意味で名付けました。
京山には遠くおよびませんが、勉強しながら私なりに書き記していきたいと思います。

早速ですが今の時代、煙草(喫煙)に関して詳しく調べる事は滅多にしません。
それは喫煙行為がただ単にニコチン摂取のためだけに行われるようになり、
お茶やお酒のような嗜好品としての意味合いが希薄になったからだと思います。

嗜好品と呼ばれるものの多くは、初めて口にしたとき美味しいというよりは
むしろ不味いと感じ、歳を取るにしたがって少しずつ旨さを知っていくものです。

煙草は伝来当初、風俗を乱す無作法の象徴でしたが、
一世紀近い年月を経ながら、礼儀正しい社会的規範を示す大人の楽しみとして
人から人へ連綿と受け継がれながら文化として形成されてきました。

煙草は生命維持に欠かせない必需品ではありません。
個人の選択に委ねられた嗜好品です。
ゆえに大人の楽しみとしては社会の中で、
一定のルールと作法は守らねばならないのであります。
暮らしに彩りを添える立派な文化として継承していくためにも・・・。

参考文献:ことばにみる江戸のたばこ(たばこと塩の博物館[編])