近代経済学とマルクス経済学は「冷戦」という現実政治の影響もあったため、長期間にわたって対立してきた。ソ連崩壊・冷戦終了時には、マルクス経済学に対する否定的研究が数多く行われ、非数理的・訓古主義的な性質が批判された。今日では、資本主義社会における「市場」というメカニズムに基礎を置く近代経済学が中心となり、「社会主義」を建前としている中華人民共和国やベトナムなどでも近代経済学の研究が行われている状態である。
ただし、マルクス経済学が全否定されたわけではなく、一部は近代経済学に取り入れられている。また、アメリカを中心とした西側資本主義国で発展させられてきた近代経済学は、非歴史的・非文化的で数理モデル一辺倒な性質をマルクス経済学者やポストケインジアンなどに指摘され、現在においては両者を学ぶことが求められているという声も存在する。なお、「環境破壊は現行経済制度の失敗である」として、マルクス経済学を基礎とした新しい経済制度を模索する環境経済学も登場しているが、経済学の正統な領域としては認められていない。
経済学は存在自体が社会・政治・経済・政策と不可分であるため、学術的な論争や政策的な論争など数多の論争を生み出し消化してきた。それによって経済学徒は他学徒に「傲慢である」と印象を与えてしまうほど非常に攻撃的な知的スタイルを形成している。論争は経済学にとって理論を洗練させブ レイクスルーを起こす役割を担ってきた。このように経済学と論争は切り離すことはできない。ここでは経済学において歴史的に重要な意味を持った論争を取り上げる。
ただし、マルクス経済学が全否定されたわけではなく、一部は近代経済学に取り入れられている。また、アメリカを中心とした西側資本主義国で発展させられてきた近代経済学は、非歴史的・非文化的で数理モデル一辺倒な性質をマルクス経済学者やポストケインジアンなどに指摘され、現在においては両者を学ぶことが求められているという声も存在する。なお、「環境破壊は現行経済制度の失敗である」として、マルクス経済学を基礎とした新しい経済制度を模索する環境経済学も登場しているが、経済学の正統な領域としては認められていない。
経済学は存在自体が社会・政治・経済・政策と不可分であるため、学術的な論争や政策的な論争など数多の論争を生み出し消化してきた。それによって経済学徒は他学徒に「傲慢である」と印象を与えてしまうほど非常に攻撃的な知的スタイルを形成している。論争は経済学にとって理論を洗練させブ レイクスルーを起こす役割を担ってきた。このように経済学と論争は切り離すことはできない。ここでは経済学において歴史的に重要な意味を持った論争を取り上げる。