2025/11/14 瀬戸市内を散策した。
 今回は瀬戸市の陶祖」加藤四郎左衛門景正が育った町の一部を散策した。
 加藤四郎左衛門景正(藤四郎)は、「春慶」とも号し、鎌倉時代に瀬戸窯を開いた人物「陶祖」として、瀬戸ではこれまで伝えられてきた。江戸時代の諸本史料に伝えられた陶祖伝記では、貞応2(1223)年に曹洞宗開祖の道元に従って中国(宋)へ渡り、作陶修業の後に帰国し、瀬戸において良土を発見して窯を築き、これにより瀬戸窯が始まったとされる。
✿名鉄尾張瀬戸駅

尾張瀬戸駅

彫刻「思考」
 尾張瀬戸駅前広場にはある「思考」長江録弥の作品です。
 作者、長江録弥は1926年にここ瀬戸市で生まれた彫刻家です。

彫刻

✿磁祖加藤民吉出生之地
 この地に加藤民吉(かとうたみきち)の出生地である大松屋敷がありました。民吉は江戸時代後期に九州で磁器製法を学び、瀬戸に伝えて磁器の生産が本格化することに貢献した「瀬戸焼中興の祖」です。「磁祖」として窯神神社に祀られています。
 また、ここには、有田を始めとする九州の窯場で、磁器の釉薬に用いられていた柞(いす)の木が民吉の九州の修業を偲んで植えられています。

出生地

石碑

✿無風庵(むふうあん)
 草茸き入母屋造りの建物は、工芸家·藤井達吉(ふじいたつきち1880から1964)が小原村の芸術家村で工房として使用していたものを、そこで学んだ瀬戸の陶芸家たちの尽力により、昭和27年に茶室無風庵として移築したものです。
 達吉は美術工芸と産業の結びつきを熱心に説き、若い人たちを指導し、瀬戸市の陶芸や小原村の和紙工芸の確立に大きな影響を与えた。
 この無風庵は、『陶の路』拠点として、平成13年8月、本来の趣を大切に全面改修した。

無風庵

説明板

天井
 


格子戸

忠魂碑

✿散策路地
  
古い陶製品を積み上げて築かれた塀や壁

窯跡之碑

✿窯神神社(かみがまじんじゃ)
 九州有田から磁器の製法を伝えた、加藤民吉「磁祖」を祀る神社。全国に知られる「せともの祭」はこの神社の事です。境内には民吉像と登り窯を模した珍しい社があり、民吉の遺徳を偲ぶことができます。

案内祠

参道 石柱

参道と石柱(磁祖加藤民吉窯跡碑)


窯神神社石柱と鳥居
 
神社拝殿

説明版 
 
狛犬 

磁祖加藤民吉像

✿堀出地蔵
  
地蔵

✿法雲寺(ほううんじ)紫雲山 真宗大谷派。
 明治16年(1883)他所から移住した真宗の信徒のために、信徒自らが坊舎を建立したのが、その始まりであり、明治29年(1896)には本山より布教使、本多智淳を派遣した。
 昭和2年(1927)に岐阜県の苗木町にあった法雲寺を移して、真宗の説教場より寺院に昇格し、本多智淳師が初代の住職となった。
 本尊は阿弥陀如来立像です。
 境内の山門付近には第二次世界大戦の際に金属供出でなくなった梵鐘の変わりとして作られた陶製の梵鐘が置かれている。

山門と石柱

本堂 

鐘楼

陶製梵鐘

説明版542

✿市杵島社(いちきしましゃ)
 御祭神は市杵島姫命(いちきしまひめ)です。
 由緒は今から1200年前の昔からここ池田に8人の神様を祀りました。世にこれを深川天神と云い、これが現在の深川神社です。その一人が市杵島姫命で弁財天と呼ばれる神様が当社の祭神です。

石柱と鳥居

神殿549

深川神社への連絡通路

✿深川神社(ふかがわじんじゃ)
 奈良時代の宝亀2年(771)、藤原氏縁(朝廷)の天津神をこの地に勧請し創建された式内社です。瀬戸の総鎮守の『産土神(うぶすながみ)』として篤く信仰されています。
 本殿は、約200年前(文化、文政年間)に諏訪の名工である立川和四郎が手がけたもので、随所に施された優美な彫刻が特徴です。
 当神社は産土神社で、生まれた土地の守護神(産土神)(うぶすながみ)が祀られている神社です。

参道と鳥居

神殿

神殿(陶器製)
 
神殿

✿深川神社古墳 「時代6世紀複後半から7世紀前半」
 瀬户川中流城で唯一残存する横穴式石室を持つ古境である。直径9メートルの円墳で、石室は平面形が若干胴の張った長方形をなし、最大部1.74メートル、石室入口は奥壁から手前まで4メートルであるが、本米はもう少し長く石室があったものと思われる。
 同時期の他のほとんどの横文式石室は奥壁に一枚岩を設置するが、深川神社古填は奥壁と側壁ともに一辺50センチ以上の大型の石材を三段に積み重ねでいる。
 発掘調査は行われていないため、出土遺物等については不明である。(文化庁遺跡分布図No2725)

古墳

説明版

✿深川奥宮稲荷社

鳥居 

拝殿

✿陶彦社(すえひこしゃ)
 深川神社の境内には、瀬戸の焼物の祖、加藤四郎左衛門景正(藤四郎)を祀る「陶彦社」があり、毎年4月には藤四郎の遺徳を偲ぶ陶祖祭が、市の中心市街地などで盛大に催されます。
 
本殿

     《《今回は瀬戸市の「陶祖」加藤四郎左衛門景正が育った町の一部を散策した。》》

 加藤四郎左衛門景正(藤四郎)は、「春慶」とも号し、鎌倉時代に瀬戸窯を開いた人物「陶祖」として、瀬戸ではこれまで伝えられてきた。江戸時代の諸本史料に伝えられた陶祖伝記では、貞応2(1223)年に曹洞宗開祖の道元に従って中国(宋)へ渡り、作陶修業の後に帰国し、瀬戸において良土を発見して窯を築き、これにより瀬戸窯が始まったとされる。
   以上