年明けから、体調が芳しくなく 微熱が続き炎症をしているらしい。

今では、37度某は通常体温の気がしてきた。

そんな中、横になる事が多くなり熱による節々の痛みか、

持病の坐骨神経痛に火がついてしまった。動けない!

熱があり痛くて動けなければ、病人一丁上がりとなるが、

こうして、体力が奪われ気力が奪われてしまうのかと、

実感した。これを見守り介護してくれる家人は、

やはり、大変なことだと思う。病院に問い合わせしたり、

歩行の介助したり、食事のしたくしたり、家事をしたり、

いろいろやらる事があって、一口では言い表せない。

またもや、そんな中、TVでは、男性介護者が俯き加減に

不倫やら不適切な行動とかで引退に追い込まれていた。

不なんちゃら等は決して良い事ではないが、それに

意見を言っているコメンテーターや局サイドはいけない

事として扱い、彼を非難している。これで良いのかと

思う。介護には当事者にしかわからない事が一杯。

しかし、元気な人が多い中、中々理解してもらえない。

近しい公的施設の人が「病は自己責任」と言い切った

人の痛みの判らない人の定石セリフだ。

風前の灯火になった今、慌てたり、声高になるつもりは

ないが、これがまかり通るのはゆるせない。

暫くこの怒りに苛まされる様だ。

ストレスがまた溜まってしまう~~~

あっと言う間の一年だった。

1月半ば、体調不良が顕著に現れ、二・三日毎に体重が減り始めた。

みずおちから右脇腹、背中が痛くなり、深呼吸ができなくなったり、

笑うと横隔膜が痛くて、苦虫をつぶした様になってしまった。

医者嫌いなんて言っていられず、診察に行きそのまま入院治療になった。

わけわからず、ハードな方を選択して自覚もないままに、がんの治療とは

この様なものだと夢中で闘病生活を送り始めた。

9ヶ月が過ぎ、次第に効き目が薄らぎ、次の治療に移行した。

今がそれだ。なんと楽な治療と言うのが実感としてある。が・・・・・・・・・・・・

腫瘍マーカーの数値は上がり、好中球数は下がり、スケジュールに沿った

治療がこの2ヶ月半できていない。転移はしていないらしいが、

癌がどの様になっているか、よくわからない。しかし、きつかったけと、

一次治療は勢いで乗り切り、腫瘍マーカーの数値を下げることができたり、

かなり厳しく、辛い治療だったが長く続けることができた。

正直、今まともに予定通り治療出来ていない。不安がないとは言えないが、

様子を見るしかない。どうして良いか迷う所だ。

そんなこんな言いながらも、目途とした一年を越せるようになり安堵している。

その先は、年明けじっくりと考え行動して行こう。

一年休んだいろいろな事を来年春からまた開始する。治療と生きがいを

両立させながら、来年は病気に治療に振り回されないように生活しよう。

皆さま、良い年をお迎えください。

いつも、点滴治療の前日に当日の時間を知らせてくる。

一見、親切そうに聞こえるが、病院のシステムで先に

出ている予約が変更できないらしく、前日にひとりひとりに

電話してくる。どうして改良しないのか不思議だ。

そして、今回の連絡は、血液検査の項目の変更があるので、

先に担当医とはなしてから血液検査すると言う事だった。

すると、担当医から電話ああり、なんと・・・・・・・

前回の治療の際に、結核を発症した方がいてその感染の有無の

検査をすると言う事だ。これは院内感染でこんなことでアウトになるのはごめんだ。付け加えて明日担当医は不在で変わりの若造医が

来るらしい。転院を考えているのでこんなことがあるといたたまれない。セカンドオピニオンを受けたら、担当医、看護師の態度が急変した

と言う、わかりやすい病院。説明はしない。看護師は都合の良い事ばかり言って、5時をすぎる治療にイヤミを言う。誰が予約を出しているのか分かっているのか。病院が予約しているのに患者が合わせて

いるのに、言ってもいないことを言ったとして処理するし、これが

それなりの病院かと思わざるえない。

兎に角、明日は治療日なので、これは受けられる。

マスクをして行こう。夏場はしなかったがこれからは必要になってくる。

皆さまもくれぐれも、院内感染にお気を付けください。