安藤 百福

ちょいと前に、
暇つぶしがてら、「安藤百福発明記念館」へ行った。
全く期待していなかったのですが、
意外にも感動して帰ってきてしましました。
何に?
真っ赤な駐車場の真っ白なコーンに。
ジオラマを利用した影絵のショートストーリーに。
最上階で見た、くっきりと映し出された、大きな虹に、
幼女のように、「綺麗!大きな虹!凄い!」をひたすら繰り返す
年配女性の一人大演説会。
あまりの堂々たる振る舞いに・・・。
虹よりも驚いた。
ではなくて。
真っ赤な駐車場の真っ白なコーン。
記念館内は、「佐藤 可士和」全開の直線と白と赤の隙の無いデザイン。
さあ、帰ろうかと真っ赤な駐車場を出かかった時に、
目の端に移った、真っ白なコーン。
一見、無駄と思われるものにどれだけ拘れるか。
それがデザインだと思う。
いいものを見た。
そして。
ジオラマを利用した影絵のショートストーリー。
百聞は一見に如かず。
では、ありますが。
仕組の想像できる物を使って、想像以上の物を創り上げる。
それって、
何者にも汚されない強さ。がある。
そういうものが好きだな。
あれ?
あんまり百福さん関係ない?
あ、コステロが「MOMOFUKU」ってアルバム出してるの
思わず買っちゃったよ。
[HAPPY WORTH]
[MR.FEATHERS]
が割と好き。だけど・・・。
MOMOFUKUにインスパイアされて、
2週間で仕上げたアルバムを
「やることといったら、お湯をかけることくらいだった」
と言うのは、皮肉にしちゃセンスを感じない。
残念なアルバムです。
百福さんの心意気を、
そんな風に扱っちゃあねぇ。
そりゃ、ジャッケットに、
桃の絵描いちゃうわけだ。
月+今日の月+
寝待月(ねまちつき)
寝待月とは陰暦19日の月のことだそうです。
寝待とはその字のとおり「寝て待つ」という意味で、
月が昇るのが遅い事からこう呼ばれています。
また「臥待月(ふしまちづき)」とも言われます。
なんてネタを書きたくなった理由は、
ここ、2,3日、あまりに月夜が美しかったので、
書いてみました。
月明かりのみで、影が出来ることを体感したのは、
なんと、中学生の頃。(遅い!)
皓々とした月が、窓から見下ろした、家々の屋根を
白く反射させ、手を翳すと、くっきりと影を落とす。
何だか、初めて火を見た人のように
やたら、興奮して、興奮しすぎて、そのまま、屋根に上った
記憶が・・・。
スケッチブックに自分の手の影をなぞって描いて、
「凄い・・・。電気じゃない光だ・・・。」
なんて、やたらと、感動たあの頃を、
思い出してしまいました(笑)
何とかこの感動を、他の人にも伝えたい!
なんて思って、一番言ってはいけない
母親に言ったら、案の定、
「あ、そう」
「・・・。」
ですよね。ってな感じで、意気消沈したような。
しなかったような。
って、今日は、確実に月は見れそうにないですね。
だから、書きたくなったわけだけど(笑)
物創り+Arts and Crafts Movement+
Arts and Crafts Movementの主導者モリス。
生活と芸術を一致させようとしたモリスの思想は、
正に、私が求める、デザインに対する姿勢だ!
と、遅ればせながら、
確信したこの頃ではありますが、
実はあまり、モリスの作品に
魅力を感じないのです。
特に、家具においては、
Artsより、Craftsが勝って、もはや、
Crafts的要素たっぷりに感じてしまします。
私はArts的要素がギリギリまで
盛りもまれているものを製作してみたい!!
と、迷走中です。
彼はマルクス主義にも強い影響を受けていますが・・・
生産と階級における視点は、とても興味深い所です。
なんて、いかにもマルクス主義だ、共産主義だ詳しそうですが
ぜんぜん知りません。
ただ、視点が興味深いです。
何故、生産者の賃金は安いのか?
安価で良質な製品の裏には、必ず、泣いている人がいるとか。
そういった物に対して、何の疑問も持たずに、
へらへらと購入して良いのだろうか?
とか。日々、疑問に思っている事と、何かリンクしそうな視点が興味深いのです。
なんて、こんな事を考えているより、
黙々と製作に打ち込んだほうが良いのですが、
黙々とこんな事を考えるのも、とても好きなのです(笑)
屁理屈屋でした★★★
人物+GAGA×真面目+
GAGA見ちゃったよ。
きっと彼女の魅力は、真面目さと大胆さのかな。
と言うのが第一印象。
ぐるっと回って、大胆さも、奇抜さとなり、
最早、真面目に奇抜さを演じているような・・・。
結局、真面目一本?
真面目であること。
かつては、それが美徳だった時代があったはずなのですが、
残念ながら、私はそれを真っ直ぐに美徳とする時代には生まれてません。
まあ、何時の時代でも、真面目一偏等では、魅力はなく、面白みがなかったり、
馬鹿正直なんて言葉があるように、道徳的な性質一本だと、
煙たがられるのが常ですよね。
まあ、野暮って奴なんでしょう。
野暮なのは分かるんですが、
道徳心を真っ直ぐに受け入れられるタイプと
そうでないタイプがいますよね。
で、そうでないタイプの人にとっては、
道徳心を真っ直ぐに受け入れられるタイプの人を
うっとおしく思う傾向にあるようです。
若しくは、いい人ぶっている的な印象を持つ傾向があるようです。
この違いは、いったい何処で生まれるのでしょうね~。
そして、集団生活においては何故か、道徳心を煙たく思っている人のほうが、
一見、強そうな気配だけ出して、一見、世渡り上手な気がします。
個人的には、道徳的な方だと思うけど、
煙たがられても、気にならないです。
むしろ、相手を、心の美しくない残念な人だな。
位にしか思ってないのですが・・・。
(あ、見下しているのか。うん。
残酷さは美しく、使わないとね。センスを疑われちゃうね。)
今、気が付いたんだけど
道徳的な言葉って面白い。
正直→馬鹿正直(馬鹿が付いちゃいましたね。)
真面目→糞真面目(大変です!う○こが付いちゃいました!)
智に働けば角が立つ。情に掉させれば流される。
意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
なんて、名言がありますが、きっと、そういう人こそ、
もっとふざけて遊んじゃえば、最強なのです。
GAGAみたいに!?




