胸が痛い。だいぶやばめな痛みがする。
このまま悪化しつづけたらまずい。
来週は連休がある。
その後は引越しがある。
その間ずっと仕事もある。出社日もある。
この痛み、すごく嫌な感じ。
何もしなかったら私どうなるんだろうか。死ぬんだろうか。
乳腺外科に行ったら解決するんだろうか。
乳腺外科が、私に必要な治療箇所に当てはまっていればいいけど、
そうじゃなかったら今度こそどこに行けばいいんだろう。
乳腺外科が「とりあえず」と薬を出してくれたとして
原因にクリティカルに効かなければ痛みはなくならない。
だってロキソニン飲んでもダメだもん。痛いもん。
ロキソニンでダメなら、たいていの痛み止めは役に立たない。
今日も途中に起きるんだろうか。
痛みで起きるって最悪だな。
*
絵本的な、空想的な絵なら残していきたいと思って描いた。
好きな景色の片鱗なら描ける気がした。それなら残す価値もあると思った。
『ポラリスが降り注ぐ夜』
「私達はずっとここにいるの。常に複数形で、いるのよ。」
素敵な言葉だった。
それに対して「単数形の物語も大切じゃないのか」という言葉も出てくる。
私は今、複数形に吸収されたい。単数形になるのが怖い。
個人の病や死はいつだって悲劇だ。
だから、単数形にしないで。
私は私個人の死を見つめる勇気がない。
大きな視座で見れば、私は米粒以下の存在になれる。
「みんな」死んできた。ほとんど「みんな」何かしらの悲劇で死ぬ。
私もその一部だ。
いつものことだ。
フォーカスしなければ、他人事としてひとまず納得できる。
これが本当に大病だったとしても
「どうして私が?」とは思わない。
病気なんてよくあることだ。私の身に起きたというだけ。
私に、世界から惜しまれるような要素はない。
ただちょっと若めな人間が1人死ぬだけだ。
そういう場面になった時
他ならぬ私が死ぬのだ、という事実は直視しがたい。
他の誰でもない私の死。
代替不可能な私の死。
*
「あなたの番です」でイケメンが作ってたような装置を作りたいと一瞬本気で思った。
しゃべるななちゃんアプリ。
私のbot作れたらいいのに。
アメブロの記事とかTwitterとか、AIに言葉遣いを覚えさせたら可能な気がする。
もちろんそのシステムを構築する知識はない…。

