志村けんさんがコロナに感染したのはニュースで報じられているとおりですが、現在人工心肺装置で治療を継続しているとか。
肺と心臓の役割を機械に任せて体力の改善を狙ってのことだが、結構心配です。
私も昨年、悪性リンパ腫で入院中に肺炎を起こしたので辛さはわかるつもりです。
ガッチリと高濃度酸素マスクを付けられ、外すことが許されません。
血痰がかなり出ていました。
私はICUにいましたが、両隣のベッドではマスクをつけることの苦痛で外そうと暴れて両手を拘束されるおじさんや、ヤンキーみたいな若者が「いやだいやだ」と泣きわめくほどです。結局そのヤンキーは深夜に逃亡を企て、廊下で倒れてました。その後どうなったのか不明です。
ICUでは毎日のように隣のベッドの方々が亡くなります。さすがに「次は我が身」という言葉が脳裏をよぎります。
「俺は絶対死なないぞ!」
そう自分に言い聞かせて我慢するしかありません。
私はそのICUで約1か月を過ごしました。
ベルトのきつい酸素マスクを24時間付け続けます。
私の場合、自発呼吸ができなかったので、5Lの酸素が強制的に肺へ送り込まれます。勿論しゃべることはできません。
看護師が気を使って家族との会話用に50音表を置いてくれて、指でさせということでしょうが、手が動かないので無意味です。
薬を飲むときに一時的にマスクを外すのですが、外したとたんに息ができなくなります。水中にいるような感じです。
看護師や家族が酸素マスクをつけずに歩くのをみて、「よくこんな低酸素な世界で生活できるな」と思ったほどです。もはや酸素マスクなしの世界は自分にとっては非日常的に映っていました。病気で頭が少しボケていたので、そのせいでそう思ったのかもしれません。
入院中は身体もろくに動かせなかったので、停電になって酸素が止まったら間違いなく死ぬなと思いました。(実際は自家発電装置が作動しますが)また、寝ているときにマスクが外れてたらと思うと恐ろしくてゆっくり寝ることもできません。
回復とともにだんだん酸素量を減らしていきます。
部屋も個室に移り、リハビリでようやくベッドから自力で立てるようになったとき、夜中にのどが渇いて冷蔵庫の中のドリンクを取りに行こうと思いました。深夜なので、看護師を呼ぶのも悪いかな?と思い、自力で冷蔵庫へ向かうことにしました。
冷蔵庫まではベッドから立ち上がって3歩ほど歩けば手が届く距離です。
立ち上がることはできました。
さあ、ひとりで歩いてみるぞ!
この時、リハビリではまだ立つのがやっとでした。
ふと、酸素のチューブが冷蔵庫まで届かないことに気が付きました。
「・・冷蔵庫まで3歩。扉を開けてドリンクを取って戻るだけだから大丈夫か。」
呼吸を整え、酸素マスクをサッと外し、冷蔵庫へ向かいました。
「あ!歩けない・・!」
思った以上によろけて倒れそうになり、冷蔵庫につかまります。
それと同時に心拍数の急激な低下が起きたのか、息苦しさと目まいが襲いました。(私は入院中に心筋梗塞も起こしていて、外付けのペースメーカーをつけていました)
『ここで倒れたら一人では起き上がれないし、ベッド横のナースコールにも手が届かない!なにより酸素マスクにも手が届かない!』
冷蔵庫の扉を開けるのは諦めて、ベッドにダイブするように戻りました。
水から出された金魚のように口パク状態で、気を失わないうちに素早く酸素マスクを口に当て、なんとかナースコールを押すことができました。
まさに危機一髪。あと一歩で死ぬところでした。看護師からは、転ばなくて本当に良かったと言われました。
恥ずかしい話、失禁しました。人って、窒息寸前になると失禁するんですよね。漫画の世界ではそういう描写もみますが、実際に体験したのは初めてでした。
まあオムツをしていたのでそこは問題ありませんでしたが。
ようは、肺炎を甘く見ないほうがいいという話でした。