はい、お久しぶりで新年です。明けましておめでとう!なんて言うつもりもありませんが、ヒスなりに新年のご挨拶です。


まず、ピックアップのお話です(笑)
え?新年一発目がピックアップ?なんやねん!とお思いの皆様、いいじゃないですか。なにやら、ピックアップネタでググってみるとピックアップ大将さんなんていう人がやたらといろんなピックアップについて語られております。

ヒスなりにかなり勉強になっております。

ピックアップとか、“音”に関することを淡々と語られており、わかりやすく、なにげに影響されます。ただ、ここで私はひとつ言いたいことがあります。これは、ピックアップ大将さんにも、それを読んでいる皆さんにも。



“音”に関しては、糞耳であろうが、良耳であろうが、どのように感じるかは、人それぞれなんです。一般に、皆が気に入る音があるとします。それに賛同する人が6割居れば、3割が否定、残り1割が“え?なにそれ?おいしいの?”系だと思います。
この割り振りが変だというツッコミは別にして、、


人がピックアップのことについて研究し、その研究結果を綴ることに批判する方々に対して私は一言言いたいんです。

要は、あなた達がそこまでデータなりなんなりを蓄え、綴ることはできるのか?ということです。たかだかピックアップ、なにに左右されて、その左右された音色の違いを感じることができないかもしれない、まして、搭載するギターのシェイプに左右されてしまう?そんな物をひとまとめにしてコメントすること事態、膨大な情報量が必要だと、ヒスは考えるわけです。

というのも、私が最近ピックアップの交換を悩みに悩んでいるからなんですが(笑)

ね。なんだか平気でコメントしてる人々がよくわかりません。こういう便利な媒体は、小説や漫画と一緒で、“自分の情報量の一つ”や、“自分の今後のライフ生活の一つ”としてとらえないと、オリジナリティなんてなにひとつ出せないんですよ。

“発信”している人間には、2つのタイプがあると思うんです。1つは、自分のしてきたことを誰かに共感してもらいたい人。つまり、共感してもらい、“俺もあの人のサウンドに近づいたよ!”と共感してもらいたい人。もう1つは、研究結果を綴ることで、自分の更なる研究心を煽ること。なんだかんだ人間なんて、共感と更なるたかみだけで生きてるように感じてます。

ある意味、それで生きてるようにも思います。



そんなこと考えずに、おいしいもの食べて、おいしい音出せたら良いじゃないですか。

2018年はおいしいものをとにかく食べる。そんな年にします。
おいしいもの(旬のものを特に)食べて、そのパワーをギターフレーズに活かしたいものです。つーかスタジオ入りすぎです。最近。(笑)