必要悪と絶対悪。




文明の進化、特に戦争があるからこその今の僕らがあるわけで。
皮肉なものですよね。




自らが、その悪意を背負うことも、視点を変えれば至福だと思える人々もいるわけで。
これもまた皮肉です。




視点を変えれば、悪意は善意になり、善意は悪意と化す。




誰しもがその中間地点にあり、はぐらかす為に『価値観』という言語すら存在している。




その価値観が具現化されたものが言葉であったり。




悪意や善意は人間というインターフェイスを伝って具現化されゆく。




酒鬼薔薇も加藤も、角度を変えれば、もしかすると善意なのかもしれない。
マルクス政権だって、社会主義だって、なんでもそう。
北朝鮮も、自国から見れば正義なのですよ。




人々が争うことは、自然なのです。
だって、地球で出来た生物ですから。




平和は否定しない、でも争いは否定出来ない。




ただ、漠然としたこの世の中に何も太刀打ち出来ない自分を呪いながら、
だからこそ、今まで起きた殺戮は起きたモノなのではないのだろうか。




非現実の中で現実を生きたくて、だからこそ彼らは『罪』という価値観にそれらを紐付けた。




テレビで、加藤事件の時にマスコミの後ろで笑いながらテレビに映った連中を覚えてますか?
彼らも非現実で生きている。




僕らもそう。




誰しもが死と隣り合わせと感じることが出来無い。
すぐとなりに悪意を感じることが出来無い。




これからだって、僕らは常に悪意と善意の狭間で生きていかないといけない。




死ぬ。生きる。




この選択肢に大いに善意や悪意を絡めて、人々は取捨選択をする。




だから、報われるべき愛が必要なのです。




大きな愛を。
大きな夢を。
大きな力を。
こんばんは。




着実に危ない方向に向かって歩みを進めています。




あるね、夢を八月から毎晩見てるんです。
同じ繰り返しなんです。状況が少し違っても結果は変わらない。
それを実行すべきときなのか。正夢ってあるっていうじゃないですか。
少しずつ、そんな計画を足しては引いて、それをかけてみて割ってみて。
そんな繰り返しを、数字以外でも出来るんだなあって。




世の中の大概はこの四則で説明がつく気がして。
だって、ほら、宇宙だってそうでしょう。







ある宇多田のtweet;
じゃあ、魂の存在についてはどう思われますか?無いと思いますか?「本当の自分」は「本心」と置き換えてもいいかもしれません。常に変化している物だと思います。 RT @*****: <本当の私>なんていません。私たち人間は、生涯にわたってそれぞれの文脈の中で演技しつづけるだけです。




この不毛なやりとりは、地に足付いてる人と地に足がついてない人の違いです。
常に地に足つけて変化していけば自分の本心を見失わずに済む、しかし地に足がついてなければ物語に流されてしまうのです。
格好良く言えば流浪人、悪く言えば半端者。




僕は、時代を生きるためなら手段を選ばないことを、一つ選択肢に加えた。
このことで、大分気が晴れた気がする。
神様もバケーションから帰ってきて、忙しくなるんだろうね、師走に向かって。
だから、少しでも眠れるように先日もとあるお寺へお参りに行った。




”手段を選ぶな”
は、うっすら聴こえてきた様な気がしただけなんだけど、でもそれもありだなって。




情報が頭の中を常に錯綜する中、オーバーヒートしてくすぶっている。
だったら、そんな車は乗り捨ててしまえば良い。




ぐちゃぐちゃな情報は一つ一つを紐解くよりもかいくぐっていく方が早い。




ターゲットは一人。




見えたよ、あんたがさ。
GLAY satellite of love  PV ver (5:03)
http://nico.ms/sm12357588



只今ヘビロテ中。
来週から、ニューアルバム発売に伴い、強化月間になると思いますので、一つご容赦を。
この曲は新作の核になるであろう曲で、押井守監督短編映画『ジュテーム』の主題歌となります。
PVも押井守仕様になっております。泣きます。大泣きです。



こんばんは。大分夜も更けておりますが。
帰宅後にゾンビスプラッタビデオ見ながら寝てしまい、、気付けばこんな夜っていう。



その間の夢がすごかった。
バンコクのスクンビットのラマ通りとかの大きな通りの裏辺りに、かつての吉原の様な街並みがあって小屋の中には全部ゾンビっていう恐ろしい状態。
入り口の案内人曰く、ここでは知恵をつける様に訓練してると。
そこの一角にいたのがAKIRAさながらの風貌の少年ゾンビ。
彼は言語を操り、でも巧みでは無くて自閉症の様な状態だった。



そこを脱すると向かい側に大きな砲台を何個も構える巨大なビルがそびえ立ち、多くの男達がゾンビを殺せとマシンガンを構えてひたすら撃ちまくってる。
僕はその隣にあるスーパーに逃げこむ。
スーパーも当然もぬけの殻。
そこで、衝撃のあまりに水分すら失いかけていたので、飲料水を取ろうとすると



『お兄ちゃん』



って。
振り返ると、例のゾンビの男の子。
どういうわけか抜けだしてきたそうで。
僕は彼に妙に愛着を持っていた。
等身大の僕自身をまるで見ている様な、とても親近感を感じた。



行こうよって、手を引っ張る。
買い物を済ませて外へ出るが、まだゾンビの集まる街に次から次に銃火器やらで無鉄砲までに撃ちまくる男たち。
次から次に研究施設から出てくるゾンビ。
男の子は、閉じ込められていた施設に帰るって、出口から飛び出してしまった。



と、次の瞬間、大爆発が起きる。



『だめーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!』



って、叫んだときには時既に遅し。
そこには灰と化した、最早人とも言えぬ肉塊が転がる。



ねずみ色の空と、灰色の廃墟と、残されたのは僕と引っ張った彼の手の温もり。



ほんの一瞬の出来事だったのに、手を掴んだ彼のことを強く思った。
彼は少しずつ、子供らしさを取り戻して、ただただ通りかかった珍しい客に興味を持った程度だったのだろう。
いたずら心に僕をつけて、ゾンビ本来の恐怖の種を撒く気持ちでは無くて、ちょっと驚かしてやろうってついつい出てきてしまったのだろう。



所詮夢だったのだけど、とっても感慨深かった。





今一度、生きることを考えてみた。
少なからず、僕は死んでいない。
ましてや、Tウイルスを打たれたわけでも無い(笑)



生きることっていうのは、何かをしていて初めて実感するもの。
たった1ヶ月前まではあったハズなのだけどね。
一度死んでしまった少年は、その何かを実感する為に僕に付いてきた。
厳密には、夢では生きがいをなくした人間をゾンビと呼称していたのかもしれない。
彼はその生きがいを見失った、僕の分身みたいなものだって知っていた。



始めたくても始められない苦悩、精一杯のアクションを起こしたって起こらない化学反応。
こんな筈じゃなかったって、心底自分を恨んだ、憎んだ。



生き方を一度整理する為に、何処か遠くに行ってしまおうって思った。




GLAY/satellite of love

渇いたその心暖めて
繋いだその指を離さないで
どうかお願い…

息を吸って そして吐いて 当たり前の事を
そんな2人だから そんな自由をどこか誤解していたね

愛だけじゃ 生きられない
愛なしじゃ 生きる意味がない
あなたには 歪んだ世界
教えてよ 教えてよ 教えてよ

ささやかな幸せを守る為
大切な夢までも亡くしたのね…?
渇いたその心暖めて
繋いだその指を離さないで
せめて今日を明日を聴かせて

どうかお願い…