必要悪と絶対悪。
文明の進化、特に戦争があるからこその今の僕らがあるわけで。
皮肉なものですよね。
自らが、その悪意を背負うことも、視点を変えれば至福だと思える人々もいるわけで。
これもまた皮肉です。
視点を変えれば、悪意は善意になり、善意は悪意と化す。
誰しもがその中間地点にあり、はぐらかす為に『価値観』という言語すら存在している。
その価値観が具現化されたものが言葉であったり。
悪意や善意は人間というインターフェイスを伝って具現化されゆく。
酒鬼薔薇も加藤も、角度を変えれば、もしかすると善意なのかもしれない。
マルクス政権だって、社会主義だって、なんでもそう。
北朝鮮も、自国から見れば正義なのですよ。
人々が争うことは、自然なのです。
だって、地球で出来た生物ですから。
平和は否定しない、でも争いは否定出来ない。
ただ、漠然としたこの世の中に何も太刀打ち出来ない自分を呪いながら、
だからこそ、今まで起きた殺戮は起きたモノなのではないのだろうか。
非現実の中で現実を生きたくて、だからこそ彼らは『罪』という価値観にそれらを紐付けた。
テレビで、加藤事件の時にマスコミの後ろで笑いながらテレビに映った連中を覚えてますか?
彼らも非現実で生きている。
僕らもそう。
誰しもが死と隣り合わせと感じることが出来無い。
すぐとなりに悪意を感じることが出来無い。
これからだって、僕らは常に悪意と善意の狭間で生きていかないといけない。
死ぬ。生きる。
この選択肢に大いに善意や悪意を絡めて、人々は取捨選択をする。
だから、報われるべき愛が必要なのです。
大きな愛を。
大きな夢を。
大きな力を。
文明の進化、特に戦争があるからこその今の僕らがあるわけで。
皮肉なものですよね。
自らが、その悪意を背負うことも、視点を変えれば至福だと思える人々もいるわけで。
これもまた皮肉です。
視点を変えれば、悪意は善意になり、善意は悪意と化す。
誰しもがその中間地点にあり、はぐらかす為に『価値観』という言語すら存在している。
その価値観が具現化されたものが言葉であったり。
悪意や善意は人間というインターフェイスを伝って具現化されゆく。
酒鬼薔薇も加藤も、角度を変えれば、もしかすると善意なのかもしれない。
マルクス政権だって、社会主義だって、なんでもそう。
北朝鮮も、自国から見れば正義なのですよ。
人々が争うことは、自然なのです。
だって、地球で出来た生物ですから。
平和は否定しない、でも争いは否定出来ない。
ただ、漠然としたこの世の中に何も太刀打ち出来ない自分を呪いながら、
だからこそ、今まで起きた殺戮は起きたモノなのではないのだろうか。
非現実の中で現実を生きたくて、だからこそ彼らは『罪』という価値観にそれらを紐付けた。
テレビで、加藤事件の時にマスコミの後ろで笑いながらテレビに映った連中を覚えてますか?
彼らも非現実で生きている。
僕らもそう。
誰しもが死と隣り合わせと感じることが出来無い。
すぐとなりに悪意を感じることが出来無い。
これからだって、僕らは常に悪意と善意の狭間で生きていかないといけない。
死ぬ。生きる。
この選択肢に大いに善意や悪意を絡めて、人々は取捨選択をする。
だから、報われるべき愛が必要なのです。
大きな愛を。
大きな夢を。
大きな力を。