そろそろ私も庵野秀明展を見に行くので、久しぶりに『シン・ゴジラ』を見直しました。
あれは2016年の夏でしたが、そんなに期待しないで見に行ったんですよ。
庵野監督の作品だから一応見ておこうかな、くらいの気持ちで。
そしたら、どうです!?
見事に激ハマリでした。
映画館には8回くらい見に行きましたし、今では不可能な発声可能上映にも行きました。
あれは楽しかったです。
初めて見た時、エヴァっぽい要素が全体に散りばめられていてテンションが上がったのを覚えています。
画面の切り替わり方とか、セリフ、それと当然あの音楽ですね。
巨災対のみんなが作戦会議をする時の、あの音楽。エヴァでは使徒と戦う時などに流れていました。新劇場版ではヤシマ作戦の会議の時も流れてたかなぁ?
あれが流れてきた時、「うん、この場面はこの音楽しか無いよな!」と思いました。私の脳内でも自然と流れ出していましたよ。
私はとくに、序盤の閣僚たちがあーでもないこーでもないと会議しているところが好きなんですが、あの場面転換のテンポの良さがクセになったんですよね。その「クセになる感じ」が、旧劇場版『Air』の戦略自衛隊のネルフ占拠、弐号機と量産機の戦い、リツコとゲンドウの対峙、という流れを見た時に感じたものと同じだな、と思いました。
それで、何回も見てしまう。
シンゴジラのゴジラ出現には牧・元教授が関わっていますが、牧・元教授は海に飛び込んでゴジラを呼び覚ましたのでしょうか?
私は、牧・元教授がゴジラ自身なのではないかと思っています。
エヴァっぽい考え方をすると、その方が腑に落ちるというか。エヴァを見ていない人にはピンと来ないかもしれません。
牧・元教授は、唯一の心のよりどころだった妻を放射性物質によって亡くしており、その妻を見殺しにした日本という国も憎んでいた、という設定です。
もしかすると、牧夫妻がゴジラの中で生き続けているのかもしれない。エヴァに寄りすぎな考え方ですけど。
亡き妻が唯一の心のよりどころ、というのがゲンドウを髣髴とさせますよね。
シンゴジは、雑に言ったらエヴァから人間関係のごちゃごちゃした部分を取り除いたような作品なので、登場人物をエヴァと照らし合わせてみるとどうでしょう?
主人公の矢口はミサトかな。カヨコがアスカで尾頭さんがレイ。
しかしシンジが不在(笑)。
うーん、強いて言ったら大河内総理かな?みんなから「総理にしか決められない」「総理が総理が」言われて。「今ここで決めるのか!?聞いてないぞ」って発言もちょっとシンジっぽいかも。「こんなの乗れるわけないよ!!」的な