明日は説教なのに、なぜか書きたくなってしまいました。
お祈りありがとうございます。9月10日に、有輝子の小さな葬儀をすることができました。神の栄光を仰ぎ、主とともに生きている有輝子を覚える、すばらしい礼拝でした。ひとつの心の区切りをつけ、また歩み出せそうです。
ある先生から、「誕生死」という本をいただきました。これは、流産・死産・新生児死で赤ちゃんを送った方々のことがのっています。ゆっくりしか読めませんが。たくさんのパパ、ママ、そして言葉をかわせなかったけどきっと幸せだった赤ちゃんの思いが伝わってきます。シンクロしますね、やっぱり。
ヨブ記でヨブは、愛する子供たちを失います。すさまじい試練と信仰の葛藤の末、ヨブは以前にまさる祝福をいただき、子供もたくさん授かります。けれども。
授かった子供は、失った子供とは違う子です。「若いから、次があるから授かるわよ」じゃないのです。同じ子は、一人だっていないのです…。有輝子を送る前は、何も感じない箇所でした。
それと、ヨブの妻は悪妻と言われますが、私は彼女のいうことは当然と思います。愛する子、財産が奪われ、愛する夫まで苦しんでいる。人が苦しむのを見るほどつらいことはありません。それでもどこかでヨブを見守りながら、祈りながら生きていて、この妻を通して主は、新しい命をもう一度授けてくださるのですよね。はっきりとはわかりませんが、ヨブの信仰を見る限り、妻は一人だったと思います。
明日は敬老祝福の礼拝です。コヘレト12章からです。主のみに希望あり!
6/4~5あたりから胎動が感じられなくなり、夜静かにしていても感じないので、検査したところ、赤ちゃんはお腹の中で心臓が停止し、そっと天国にいっていました。・・・