JesusChristのブログ

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私たちは、キリストの墓が青森にあるということを否定します。


それは、青森におけるキリストの遺言書による内容が以下の通りです。


『 キリストの墓 イエスキリストは二十一才のとき
 日本に渡り12年の間神学について修行を重ね
 三十三才のとき、ユダヤに帰って
  神の教えについて伝道を行いましたが、
  その当時のユダヤ人達は、キリストの教えを容れず、
  かえってキリストを捕らえて
  十字架に磔刑に処さんと致しました。
  しかし偶々イエスの弟イスキリが兄の身代わりと
  なって十字架の露と果てたのであります。
  他方、十字架の磔刑からのがれたキリストは、
  艱難辛苦の旅をつづけて、再び、日本の土を踏み
  この戸来村に住居を定めて、百六才長寿を以て、
  この地に没しました。この聖地には右側の十来塚に
  イエスキリストを、左側の十代墓に弟イスキリを
  祀っております。
  以上はイエスキリストの遺言書によるものと
  謂われております。 』


(原文のまま。英文も併記されている。)


特に、

「 33才の時、ユダヤに帰って、神の教えについて伝道を行いました 」

と書いてありますが、ルカの福音書では、

イエスが伝道活動を始めたのは、

およそ30歳ごろだ(ルカ3:23)とされているからです。


ということは、イエスの十字架刑が過越祭に

行なわれた事がヒントに計算していくと、

伝道活動期間がおよそ2年半ぐらい

行なっていたことがわかります。


しかも、

「イエスの弟イスキリが兄の身代わりとなって十字架の露と果てたのであります。」

とも書いてあり、聖書では、イエス・キリストは、

十字架にかかり、死んで葬られ、陰府に降り、

三日目に死人のうちよりよみがえって、

弟子たちに自らの体(傷あとなど)を示したり、

触らせたりしたことを物語っています。


なので、天津教を創立した竹内巨磨は事実無根を

ねつ造したとしか思えないからです。

その人が村長に書かせたために、

事実とみなされ、今のような状況に

至ってしまったようだ。


では、その証拠を正当化したければ、

そのイスキリと、イエスの屍を

墓から掘り出して、

DNA鑑定してもらいたいものです。

それだけじゃない。


イエスが日本人女性とめとって3人の娘をもうけたのなら、

その子孫と思われる人たちから

DNA鑑定をすれば、本当に外人のものなのか、

が判明できるはずだ。


だから、キリストの墓を観光地とし、

観光客から儲ける青森は

必ず裁かれるでしょう。


青森人よ、お前たちはイエスに裁かれないように

キリスト伝承館を設けたり、キリストの墓を

観光地とする新郷村役場に

DNA鑑定をするように要望せよ!!