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桜の季節が早々と過ぎ去り、とうとう来週から5月への突入です。今年の5月と言えば、元号も変わり、新しい時代が始まるという月です。新時代の幕開けが楽しみですね。

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「令和」の由来を聞いて、日本のいわゆる自然を愛でる、花を観賞する文化と歴史の深さに驚きました。日本最古の和歌集の万葉集の梅の花の美しさを称える歌の序文から引用していますね。よく聞いていたら、梅はもともと中国から伝来したものだったそうですね。しかも、8世紀の奈良時代に。万葉集ができたとされるのも奈良時代末期ですね。中国から梅が最初伝播した奈良時代―あの頃から既に日本人には花鳥風月を愛でてその感想を言葉で綴る心や習慣はありました。今回の元号名選びもその証拠です。災害による甚大な被害に相次いで見舞われ国内外に於いて様々な災いに胸を痛め、グローバル化が進んで激しい変化を色々と遂げた「平成」という時代に終止符を打って、天皇陛下が前代未聞の生前退位を果たし皇太子の下で国民の手によって切り開かれる新しい時代の年号に花を称える歌の序文を由来とするものが選ばれました。これは非常に有意義なことだと思います。国民一人一人が平和・健康に過ごし、世界に一つだけの花を咲かせられる時代にしていきたいという思いを込めて、「令和」を選んだことには日本人の精神や心理が如実に表れていると思います。

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日本で花見と言うと、桜のイメージが強いと思いますが、桜だけではありませんね。長い冬が和らいで、梅の季節になると花が好きな人はすぐ見に出掛けます。梅を見て、桜を見て春を迎えます。5月~6月になるとまたツツジや藤や紫陽花が咲きますね。このわざわざ出かけて花を愛でるという文化はアメリカではあまり見られません。花が咲いているのを見ると綺麗だと思いますし春が来たなあ~と喜びを感じますが、わざわざ休みの日に特定の花が咲いているところに出掛けるというのはあまり聞きませんね。これに引き換え、桜が咲くと日本人は、皆ではないですが、花見モードになります。花見デートもするし、スーパーに花見弁当が並び飲食店が花見季節の期間限定メニューを出すところもあります。商売も絡んでいて、年中行事の一つだと言っても過言ではないと思います。日本人はどうしてこんなに桜のことが好きなんでしょうか

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桜花を愛でる心は最近できたものではないようです。武士も直ぐ散る姿に潔さを感じ、桜が好きだったと言われています。一方、椿の散り方に斬首を連想し、嫌悪感を覚えたそうです。

日本人にとって昔から自然は時折恵みを与えてくれる優しい面と時折被害をもたらす恐ろしい面の二つの顔をその時期に応じて見せる気まぐれで常に移ろいゆく無常のものでした。自然は天気と同様で、一定のものではありません。しかし、人間の暮らしに様々な影響を及ぼし、左右する点では、絶対的なものです。逆らえないものです。桜はこのいわゆる自然の本質を体現しているから日本人は古来親しんできたと考えられます。桜は一斉に咲いて、束の間春爛漫の姿を見せて人を楽しませてから、一斉に散ります。儚いや脆いそのものです。だからこそ、俳句や短歌の感銘になりました。昔の花見は宴を花の下で開いて俳句会を開催したものだったそうです。日本人が桜に好感を抱くと考えられるもう一つの理由は一人で見物しないからです。桜の木は、特に花見で行くような場所は並木が多く、一本でありません。これは共同体を象徴していると言えます。共同体の中で生き、共同体のために死ぬ~今はもはや通用しませんが、これは昔の日本人の考え方です。国家のために命をささげた特攻隊を「散華」(さんげ)と表現したことでもこの点が窺えます。

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桜は日本人の心に自然の有り様、あるいは移り様を示し、生き方を語りかけてくれたものです。武士の話をしだすと過去の話に聞こえがちですが、出典を日本の古典とする初めての元号の名前に「令和」が選ばれたことはその武士の精神が未だに現代の日本人の心の中で生き続けていることやその根深さを語っていると思います。

参考資料:
「日本の文化本当は何がすごいのか」田中英道。扶桑社。2016年出版