南米のフォルクローレ・ミュージックがメジャーになるためのいくつかの転機があったようです。
第一の転機は1940年代で、アルゼンチンのグループがヨーロッパを訪れ、
その時に受け入れられた曲が仏語で歌詞がつけられ「花祭り」としてヒットしました。
第二の転機は1950年代、ペルーの歌姫イマ・スマックがアメリカでレコード・デビューし、
「太陽の乙女達」をヒットさせました。
第三の転機は1960年代、インディオの血を引き継いでいない人たちがヨーロッパで活動の場を広げ、
そして1970年代にはサイモン&ガーファンクルが「コンドルは飛んで行く」を取り上げ、
南米に限らず、いろんな大陸の人々がフォルクローレを取り上げるようになった、というわけです。
本作を作ったインカンテーションというグループもイギリスのフォルクローレ・グループで、
ロンドンでの録音に、現地で収録された祭りなどの街の音を加え、アンデス・ミュージックを表現しています。