《愛》は永遠だ!


そして《愛》は《光》を放つ!


《愛》は外から受けるものではない!


《愛》は自らの《内》から外へ放つものだ!


それを一番《神》が人間に望んでいる!



《欲》を《愛》と勘違いしてはならない!


《欲》に生きる人間ほど、《愛》を自分の周りから受けようとするものだ!



《欲》と《愛》は違うが、時として、一色丹になりがちだ。


そして皆勘違いをする!



《欲》は形を変えながら、どんなものにも変化するものだ!



そして決して、《欲》から《光》は放たれない!


放っているかのように見えるのは、一時の錯覚に過ぎない


意外と、その事を知っている人間は少ない!


皆、勘違いをしている事に気付いていない!



《欲》を元に《愛》を振りかざして、主張をしても→


そんなものは→《長くは続かないっ!》。


続くわけがないっ!



永い歴史が証明してくれている^ロ^;。



色々あるが、ある意味人間は面白いっ!
私は音楽が大好きだ


そして音楽に救われてきた人生だ


そんなせいか、歌う事が大好きだ


歌う事が好きすぎて、歌で人を幸せにしてあげたい、と心底思っている


傲慢にならず、ただただ自然な流れの結果、辿り着いた境地だ


音楽はそれだけ偉大な力を持っている


私は、歌う事に自ら《期限》を付けない


もし期限を付けるとすれば


それは死ぬ時だ!




好きな事、良いと思う事、そんなものに出会う事が出来たなら、期限など付けずに、《生涯》やり続ければいいと思う



もし自分の好きな事、よいと思う事に《期限》を付けて辞めるのであれば、それは《限界》というものを感じているからだろう!



せいぜい生きて80年としても、そんな《期限》は、宇宙から見ればほんの一瞬にも及ばない!魂の歴史から見ても同じ事だ!


その程度の事だと思う!



形は変わっていっても、やり続ける事が大切なんだ



その姿こそ→《自然体!》だと思う!


その《自然体!》こそが、次に繋がる!。
知り合いの人が、気功と東洋医学を用いて、人の悪いものを治療する事をしている


うでがよかったので、評判が評判を呼んで、かなり自信過剰になっていった


最終的には金の欲望に溺れ、本業とは違う形で金儲けをするようになっていった


結果的に、金の怨みをかう羽目になった



そんな状況になっても、そいつは→《自分は間違った事はしていない!良かれと皆に勧めただけだ!》


と言う。


それが真実ならば、何故人から怨みをかう立場になってしまったのか?


答えは1つ!


自信過剰になり、金の欲望に走ったからだ!


彼みたいに、意外と当の本人は、そこに気付かないものなのだ


何故なら、周りの人間達がはやしたてるからだ



金儲けに走らず、本来の本業をしてればいいのに...


過去にも、沢山の実例が残っている


某新興宗教なども、《これを身に付ければ、幸せになる!》


などど言って、品物と引き換えに、相手から金を貰っていく


その結果、資金が増えるため組織化していく



例えば、ただの石でも→《この石には凄いエネルギーが宿っている!》と言われれば、欲深い人間達は、そこに集まる!


信じる信じないは自由だが


まったくそのような事に興味が無い人間からすれば


その石を見ても、ただの石にしか見えないものだ


《欲》と言うものはそんな程度だと!私は思う


単なる品物が、《欲》が入ることで、素晴らしいものに見えてしまう


人間はそおゆう生き物だ



別の視点から見ると、ある意味面白い


そんな思いから、そういった品物には私はまったく興味が無いのである(^-^)。



最後に、本当に良い物も沢山ある!



それは食べ物などなど、自然からいただく、日々の暮らしの中にとても密着する、本当に必要な品物達である!(^-^)。