この間の週末は再び江戸へ行ってきた。

4月から1年仮寓する家の鍵を受け取るためだ。




1月から換算するともう4度目の江戸行きだ。

初めこそ気分だけはレジャー半分でわくわく感もあったが、

こうも度重なると最早事務作業同然であり、江戸行きそのものには初々しい気持ちの欠片も持てない。




けれども今回については大分楽しみにしていた。
先回と違って宿泊するからである。
しかも場所がお台場だからである。




何で鍵を取りに行って、お台場なんかに泊まるんだ!?
事務作業とか言ってたのはどこのどいつだ!?


...と天から鉄槌を下されそうだが仕方ない。


鍵を貰ったとはいえ引越自体はまだなので家で寝るわけにもいかず、

かと言って家からあまりに遠い宿も面倒だよなあということで、

お台場に宿を取ったのだ。

家がお台場にあるわけではないのが少少淋しいが1年限りのことでそんなに贅沢も出来ない。

何しに行くんだか分かったもんじゃない。

私は元元お泊りが大好きだ。

山国の典型的な日本家屋で育ってきたからか、

海と夜景がが見える高層ホテルとなると、自分でもチープな趣味だとは思うが否が応でもテンションが上がる。




歴史を感じるレトロなホテルも大好きだ。


特に軽井沢の万平ホテルはイイ。

今は亡きJohn Lennonの定宿だったという。


Fab Fourの中ではCute Oneに入れ込んでいる私だが、
5月の新緑が目もあやな前庭を見渡せる爽やかなテラスで、

Johnのお気に入りだったというロイヤルミルクティーを賞味しながら、

何だかいろいろと考えていたことを思い出す。




あの時はちょうど妊娠も安定期で、

これ以上お腹が出てきたらもう元気に遊べなくなる、という時期であった。

ならば前前から行きたい行きたいと言っていた

万平ホテルに泊まってゆっくりしようじゃありませんか、というわけで、

ぶいんとクルマを軽井沢へ走らせたのだ。




妊娠前は毎月の様に何だかんだと遊び歩いていた私とオットであったので、

妊娠するともう自由には動けない、

ましてお腹から出てきてしまったら以ての外、ということは頭では分かっていたものの、

矢張り一抹の淋しさはあったわけで。


「生まれた赤さんが大きくなったら三人で来れるかねえ」

なんて会話をさらりと口に上せるにつけても、

ああ、もう夫婦二人でここに来ることはないんだな。

あってもお互いがおじさんおばさん、おじいちゃんおばあちゃんになってからなんだろうな、と

ちょっと不思議な、ほんの少しのほろ苦い気持ちをどうすることも出来ずに、

それでもやっぱりいちばんに考えるのはお腹の中のひとのことであって。



万平ホテルのメインダイニングルームは何だか昔の社交場の様な雰囲気で、

一般庶民の我我は最初こそやや挙動不審であったものの、

最終的にはオットは赤ワインで程よく酔い、私はノンアルコール白ワインでいい気になり、

あははと笑いながらフルコースのディナーを平らげた。

元来私は非常な小食で、

メインの肉料理が出る頃には既に胃の重苦しさに静かに悶えているという何ともお気の毒な体質だが、

この頃は妊娠の影響でやたらと食べられるようになっていたのだ。

ありがとう、ほんとにありがとう、あの時お腹にいたムスメ。

だから彼女は私に似ずに大食らいなんだろうか。



結局その後私は切迫早産の症状が出て、

仕事もウチも何もかもほっぽり出して入院しなければならなくなり、

ベッドから降りても良いのはお手洗いと歯磨きのみという絶対安静な生活を強いられることになってしまった。

動かないので勿論お腹も空かず、

あの頃の食欲が嘘の様に食べられない状態に舞い戻ってしまった。

おじゃる丸のちっちゃいものクラブにスカウトされそうなくらいちっさい私のお腹の中で、

ありえないくらい大きく育ったムスメが、

食物の代わりに陣取って、領土拡大のために戦を起こして暴れるようになった。



散散周りに心配をかけたわりに意外と安産で生まれてきたムスメは、

今はお台場のホテルのベッドの上で、

用意してもらった子供用歯ブラシとスリッパを持ってご満悦だ。


万平ホテルはまだ早いだろうから、

取り敢えず今度はお台場の観覧車に乗りに行こう。


そうしよう。

それがいい。












今年は本当に久しぶりに大河ドラマを観ている。

小学生の頃から熱心な大河視聴者だった私は、放送される作品は全て観ていた。

わくわくして日曜8時を待っていたものだ。

けれどもいつの頃からか、視聴率狙いのためだけのキャスティングが目立つようになってきた気がして、

ちょっと反抗というか、敬遠したまま時は過ぎていってしまった。


「江」は舞台が大好きな戦国~江戸幕府開闢の頃であるし、

大河ドラマという言葉の響きも何だか素直に懐かしくも思え、

それじゃあちょっくら観てみようかねということで、今では当時の様に日曜日の楽しみの一つとなっている。

オットもこの時代については知識がない方ではないので、

二人でああだこうだ言いつつ、ときにツッコミを入れつつ割と面白く観ている。



折角だからと原作本を買って読んでいるが、

ムスメが寝ている間とかそういう小さな隙に少しずつなので、なかなか読み終わらない。


本の感想その他は読み終った時に記す機会もあるだろうから、そちらに譲るとして。



お市の方とか柴田勝家、賤ヶ岳の戦いといった単語を聞くと、

反射的に心に浮かぶ女の子がいる。


摩阿という名前のその子は、前田利家の三女である姫様だ。

母は少し前に有名になった正室のまつ(芳春院)。


彼女は10歳のときに、佐久間十蔵という男の子と婚約をする。

男の子といったって立派な武士で、柴田勝家の家臣の一人だ。当時14歳くらい。

婚約してそのまま北庄にいたというから、要は前田家からの人質だったんだろう。


そして翌年勃発した賤ヶ岳の戦いで、柴田勝家は自刃。

摩阿の婚約者くんも殉じてしまい、彼女は前田家に戻される。

政略結婚に備えて10歳くらいで裳着を行ってしまう様な時代とはいえ、

10歳なんて現代ではまだランドセル背負って小学校へ通っているような年齢だ。

精神年齢は今よりもっと高かっただろうが、

何といってもこの世に生まれてまだ10年しか経っていないのだ。

まだまだこどもで然るべきだし、自分の身の回りで起こることでも、

心から納得していない、理解できていないことだってたくさんあっただろう。


摩阿の受難はこれだけでは終わらない。

前田家に戻った摩阿は13歳のとき、今度は秀吉の側室となり「加賀殿」と呼ばれるようになる。

清洲時代からの盟友のお嬢さんだからか、側室とはいえ粗略な扱いは受けていなかったようだが、

病気がちであることを理由に側室を辞し、

次は万里小路充房というお公家様のところにお嫁に行く。

息子を一人産むが、結局離婚して、33歳で亡くなってしまうのだ。



摩阿は日日何を考えて生きていたんだろう。

当時はきっと、現代の考え方とか一般常識とかなんか当て嵌めて考えてはいけない世界で、

やっぱり戦乱の世独特の空気感や風潮、教えの中で過ごしていたのだろうから、

もしかしたら婚約者が殉死したのも天晴れと思っていたかもしれないし、

父親の上司の側室に召し出された時だって、何と有難いお話でしょうとか思っていたのかもしれない。

摩阿の扱われ方はその当時としては決して特別惨いものではなく、

現代ではあまり注目されないだけで、

もっと散々な目に遭っている姫様だってたくさんいる。

その皆が何を考えて日を送っていたかなど、全てを知る術はもうない。


摩阿が病気がちだったのも、

お公家様に離縁されたのも、最初の婚約者佐久間十蔵くんを忘れられずに鬱鬱としていたからかな。

そんな風にも思うけれども、それは現代の価値観から来る想像なんだろうか。


つらつら考えると止まらなくなるけれども、

今がそんな時代でなくて良かったとほんとうに思う。

歴史は繰り返すという格言があるが、繰り返してはいけない歴史の方がたくさんあるじゃないか。


そんな長い長い独り言。









近頃どうにもこうにも気になって仕方がない人物について記しておこうと思う。


別に知り合いの話ではない。


俳優の向井理氏のことである。



私は世間の流行などというものからは大分置いてきぼりを食っている。

水嶋ヒロのことをイメージチェンジした松本潤だと随分長い間勘違いしていたくらいだ。


連ドラの類も滅多に観ない。

次週見逃したら話が分からなくなってしまうという強迫観念に駆られるのが嫌だからだ。


そんな私が何故突然これほど向井氏のことを気にするようになったのか。

何だかよく分からない。

が、どうしても気になる。


向井理という俳優がいることは、「のだめカンタービレ」のエンドロールで知っていた。

腕は確かだがどうしようもなく女たらしなチェリスト菊地亨の役であった。


けれども役柄上かあまりにいろいろ捨て身の上野樹里と、

国籍その他を全く超越した怪演を見せる竹中直人に目が釘付けとなっていた当時の私は、

菊地亨役の俳優については、さして何の感想も持たなかった。

逆に言えば、結構自然に違和感もなく菊地君として画面に馴染んでいたのかもしれない。



それきり向井氏については記憶の片隅からも転がり落ち、

そうこうするうちムスメが生まれたり何だかんだと気ぜわしく、

TV画面の向こうのことなど完全に素通りであった。


その間にも向井氏は着着と俳優としてのキャリアを積み上げ、

映画や連ドラと八面六臂の活躍ぶりであった様だ。


そんな風に完全にスルーしてきた私が何故今頃注目するようになったかと言うと、

何のことはない先月からオンエアされだしたビールのCMが切っ掛けといえば切っ掛けで、

「むむ、あのスーツ姿の好青年は確か向井理という人だった様な。 

 あれ?? と言うことはあの時ののだめの菊地君か?? まあまあ随分大出世じゃないですかあ。へー」

と改めてちょっと見直したというわけだ。

何と失礼な感想であろうか。


興味のないものは完全に流す代わりに、

少しでも引っかかることがあるとわりとしつこく調べてみないと気がすまない私は、

取り敢えずwikipediaを見たりしているうちに、

向井氏の公式ブログに行き着いた。


のだめを撮っていた2006年11月から開始されていた様で、

うわ、すごい文章量だなあと思いつつも、文章を読むのは全く苦でない私は律儀に最初から読んでみた。


何というか、読み応えのあるエッセイを一気読みした様な印象が残った。

それから、この人いい人なんだなー、という、

こういう場合には何だか見当違いかも知れない感想が強く残った。

載せてある文章が丁寧で分かり易く(30分くらいかけて記事を書いているらしい)、

コメント欄に寄せられた質問に一つ一つ回答していたり、

カンボジアの地雷や第二次世界大戦について確りした考えを持っていたりと、

仕事でも他のことでも非常に真摯に取り組んで、対応する人なんだなあと。

私が「芸能人」という言葉からイメージする、何だか浮ついた現実離れしたものとは全く違って、

ちゃんと地に足が着いている感じだ。

大学出てから一度就職してるからだろうか、勿論良い意味で、ぜんぜん芸能人ぽくないのだ。



ぜんぜん芸能人ぽくないなあという印象を受けた人が、

改めてふと気づいてみればじゃんじゃんTVに映っているのだから面白いものだ。


「ファンです」と公言するにはとてもとても、出演作品も観ていないしまだまだであるが、

今のところ「現在の日本の芸能界で気になる俳優」の頂点に君臨しているのがこの向井理氏だ。


熱しにくく冷め難い私であるので、その在任期間は非常に長くなるだろうことは間違いないのだが。


取り敢えず「BECK」をレンタルして観ようかな。

最近楽しみにしてる大河ドラマにもそのうち準主役級で出演する様だし。


楽しみだ。いろいろと。