「いらっしゃい。そこは寒いでしょう?中へどうぞ。」
光の奥から聞こえた声は穏やかで、
一瞬、ほんの一瞬だけ、
ここへ案内してくれたあの子猫が喋ったのかと思ってしまった。
そんなこと、ある訳ないのに。
眼が光に慣れてきて、ようやく部屋の中を見渡してみる。
入って右側にカウンターが造られていて、作り付けの回転椅子が並ぶ。
反対側は小さな丸テーブルにそれぞれ2脚の椅子が置かれたものが3セット。
奥には、予備の椅子が数脚と小ぶりのピアノが置かれていた。
さっきの声は、右のカウンター奥に佇む人物から発せられたものだった。
長い髪を後ろで一つにまとめ、長めの前髪がセンターで分けられている。
真っ直ぐに見つめる眼には、縁のない眼鏡が掛けられている。
・・・まさに小説か何かに出てくる喫茶店だな。
主人公が通う穴場スポットみたいだ。
「どうも・・・お邪魔します。」
やっと部屋に踏み入れ、扉を閉じた。
本当に暖かい。
「こちらへどうぞ。」
カウンターの一席を指して、その人は勧める。
席に着くと、乾いたタオルと温かなお絞りをそっと差し出した。
「あ、すみません。」
「・・・いえ。髪、拭いて下さいね。」
そう言うと、カウンターの奥からその人は出てきた。
部屋の隅においてあったストーブを近くに運び、こちらへ向けてくれた。
それから、もう一台のストーブの前に椅子の背もたれを向けて置き、
濡れたダウンジャケットを脱がせて、そこに掛けた。
「少しでも乾いた方がいいですからね。」
その人は、そこで初めて笑顔を見せた。
「すみません、突然やってきたのに、そんなことまで。」
「いいんですよ、あの仔が誰かを連れてくるなんて初めてなんです。
滅多に懐かないから。折角のお客さんは大切にしないと・・・。」
話題の先の子猫は、既にストーブの前で心地よさげに眠っている。
「飼ってるんですか?」
「そうでも無いんですが。
一階で独りでいるのを見つけて、暫らくミルクを運んでやってたんです。
そうしたら、だんだんついて来るようになって。
すっかり自分の家だと思ってるみたいですけど。」
「あぁ、そんな感じですね。」
「えぇ、そうでしょう?
・・・あ、何か温かい物入れますね。珈琲?紅茶?どちらが宜しいですか。」
「あ・・・じゃあコーヒーを。」
「承りました。」
カウンターの中に戻り、お湯を沸かす。
シンプルな道具と、白を基調とした食器が並ぶ。
「あの・・・。」
「はい?」
「此処は喫茶店を為さってるんですか?」
「えぇ、喫茶店と云うほどでは無いですが。
趣味の様なものですよ。」
「・・・でも此処では、」
「はい、滅多にお客さんは来ませんね。
でも、何人かは来て下さるので。
こちらも、お客さんも、気ままに来てのんびり過ごしていくんですよ。」
「いいですね。」
そんなことを話している内に、
目の前に湯気の立つコーヒーと、
小さな皿に載せられたクッキーとチョコレートが差し出された。