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Last Emotion
どうして、好きになってしまったのだろう―――。
何度季節が移り変わり、どんなに時が過ぎようとも。
ずっと此処にいると思っていた。
だが・・・穂希が選んだのは、違う道。
「ごめん。私ね・・・・・・結婚、するの。」
少しのすれ違いから、お互いに「距離を置こう」と言い出してしばらく経った頃だった。
久々に会った穂希は、心の疲れが表情に現れてしまう程、やつれて見えた。
その言葉を告げられた時。
俺が真っ先に考えたのは、穂希の気持ち。
「・・・そう、か。」
「・・・うん。」
引き止めようだとか、問い詰めようだとか。
そんな事は、少しも思いはしなかった。
動揺していて、何も考えられぬのも事実だが・・・
穂希の出した結論に、俺が異議を唱える事は出来なかった。
「・・・幸せに、な。」
「ありがとう・・・」
穂希が帰った後の部屋は・・・
静かになったはずなのだが、何だか妙にざわついているように感じた。
それが、己の心のせいである事に気付かされたのは、辺りが薄暗くなってから。
ようやく実感が沸いてきたのか、昼間の自分の行動に浮かぶ疑問。
―――何故、あの時何も伝えられなかった?
もっとよく話し合えば、引き止める事が出来たかもしれない。
俺の想いを伝えれば、考え直してくれたのかもしれない。
それなのに、どうして―――。
日に日に強くなる後悔。
毎日毎晩、募っていく想い。
例え引き止められずとも、考え直してもらえずとも・・・
ただただ「愛している」と伝えられれば、何かが変わっていたかもしれない。
初めて穂希に会ったあの日を。
今でも昨日の事にように思い出せる。
俺の手配書を見て、一目惚れした彼女との運命的な出会い。
まさか、そんな物好きがいるとは思わず、第一印象は“変わった女子”だったはずだ。
だが、不思議と彼女の隣は居心地がよかった。
旧知の仲のような。
もっと言ってしまえば、俺がこの世に生を受けるずっとずっと前からの知り合いのような。
そんな感覚だった。
それから、自然の流れで付き合うに至り。
何処へ行くにも、何をするのも一緒で、穂希がいる事が日常となっていた。
どちらかが支えていくのではなく、共に歩んでいこうと。
そうやって、お互い成長してきた。
これからも、手と手を取り合い生きていけるものだと思っていた。
・・・それは、俺の思い違いだったのだろうか?
穂希を責める気はない。
非が、己にある事も重々承知している。
それでも、やはり―――。
ある日、郵便受けに1通の書簡が届いた。
差出人は、見知らぬ男の名。
そして、連名で見覚えのある名が綴られていた。
その時点で、中を見ずとも内容は把握できた。
【5月22日 ホテルニューオーエド】
何かしら理由をつけて断る事は容易い。
しかし、招待状を送ってくれた穂希の気持ちを考えると・・・
それを無下にしてしまうのは心苦しい。
“参加”に印を付け、祝いの言葉を沿えたハガキを返信した。
重苦しい日々も、過ぎてしまえばあっという間で。
ついに式当日を迎えた。
「はぁ・・・」
何度目かわからない溜め息をつきながらも、着慣れぬスーツを纏い式場へと向かった。
天気は快晴。
まだ梅雨入りはしておらぬものの、雨が続いていた最近では珍しい天候だった。
チャペルには、既にたくさんの招待客が訪れており、あちらこちらから祝福のオーラが溢れ出ている。
――5月22日。
穂希の誕生日である今日。
それと、俺たちの記念日になるはずだった今日。
特別な意味を持つこの日を。
幸せが溢れ出すこの日を。
綺麗な姿で神に誓っている姿を。
俺以外の男の隣で祝福されている姿を。
俺はどうやって見送ればいいのだろうか・・・
場違いな俺を気に留める者など居る訳もなく、式は粛々と進行していった。
「それでは、この後フラワーシャワーを行いますので、チャペルの外にて花びらを受け取ってください。」
こんなにも中途半端な気持ちのまま、此処に居続ける事に申し訳なさを感じたが、今更帰る訳にもいかず・・・他の招待客らと共に、外で新郎と新婦が出てくるのを待っていた。
「おめでとー!」
声のした方を見遣れば、仲睦まじげに並ぶ2人の姿。
目映い笑顔を浮かべた穂希から、思わず目を逸らしていた。
穂希の隣は俺の居場所で、こうして祝福されているのは俺と穂希だったはずだ。
結婚情報誌なるものを見ながら、白無垢にするかドレスにするかを話し合った事もあった。
「子供は何人欲しい」だとか、「こんな家に住みたい」だとか。
お互いに意見が食い違う事もなく・・・と言うよりは、お互いにどの意見も捨てがたく、なかなか決まらぬ話に「まだ先のことだから、ゆっくり考えよう。」などと笑い合って。
今になって、あの頃の事や気持ちを思い出してしまった。
くだらない事で悩んでいる暇があるなら、穂希ともう1度話をしていれば・・・
誓いの言葉を交わす前に、穂希の手を取り連れ去っていたら・・・
どうして、お前を好きになってしまったんだろう。
穂希じゃなければ、ここまで深く愛する事はなかったかもしれぬと言うのに・・・
そこまで考えて、気が付いた。
・・・俺はいつも「たら・れば」ばかりなんだな。
なんと小さな人間に成り下がってしまったのだ。
もう戻らない過去を掘り返すものではない。
楽しかった時間と幸せだった日々は、綺麗な想い出のまま残しておくべきではないのか。
生憎、すぐに気持ちが割り切れるほど浅い付き合いをしてきた訳じゃない。
心から愛せたからこそ、貴重な経験も出来たのだ。
だから―――。
俺を選んでくれてありがとう。
お前と会えて幸せだった。
短い間だったけれど、俺は幸せだったんだ・・・本当に。
これから先、お前が幸せに暮らしていく事を願っているぞ。
いつの間にか目の前に来ていた穂希は、目が合うと切なげに顔を曇らせた。
今まで見てきた中で、一番綺麗な姿の彼女を目の当たりにすると、やはり色々と考えてしまうのだが・・・
きっと、今の穂希を笑顔に変えられるのは俺しかいない。
そして、これが俺が穂希にしてあげられる最後の事なのだろう。
ゆっくりと笑顔を返すと、手に持っていた花びらを舞わせた。
「おめでとう。」
END