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翠雨 ~卯の花腐し~



ヅラの家を飛び出してから、万事屋に戻る気にもならず、街をブラブラと歩いていた。


強くなる雨脚にかまいもせず。

俺の足は、あの場所へと向かっていた。


こんな雨の日は、あいつがいるんじゃないかと言う、淡い期待をこめながら・・・




団子屋へ着くと、穂希はちょうど自棄食いを終えたところだった。

俺がいなかったからか、残った分の団子を包んでもらっていた。


「・・・傘、忘れたの?」


俺の頭上に傘を差しかざしながら聞いてくる。


「いなかったから、余った団子包んでもらっちゃった。食べっ・・・!」


穂希の手から傘と包みが落ちた。

俺が、差し出された手を掴んで抱き寄せたから・・・


「ちょっと!何して・・・」


「少しだけ・・・」


「え・・・?」


「少しだけ・・・・・・このままで・・・」


「・・・銀さん?」


「・・・・・・・」


穂希に対する同情か?

それとも俺の感情なのか?

どうしてそんな事をしたのか・・・俺にもわからなかった。


だが、穂希の顔を見た瞬間にそうしなきゃいけない気がした。

いや・・・そうしたいと思ったんだ・・・


「銀さん。」


「・・・・・・ん?」


「・・・ダーリンに・・・会ったんだ?」


その言葉に、ビクッと身体が反応した。


「いや・・・その・・・・・・」


何と答えるべきなのか・・・

穂希を傷つけずに済む方法を探しはするものの、上手い言葉が見つからず・・・


緩んだ腕の中から顔を出すと、口篭ってしまった俺を見て、穂希は少しだけ笑った。


「何か言ってた?」


「別に大した事は言ってねぇよ・・・」


「・・・銀さん。」


「な、何だ?」


「最初に別れを切り出したのは私の方だから。気を使わなくてもいいんだよ?」


「・・・・・・」


「私の身勝手な行動が、ダーリンを追い詰めちゃってるんだから・・・」


俺に気を使う穂希を・・・これ以上は見ていられなかった。


「・・・・・・ヅラがな・・・」


「・・・うん。」


「お前と・・・・・・別れるって・・・」


「・・・そっか。」


寂しげな笑顔を浮かべるのを見て、俺の中の感情が溢れ出す。


俺は・・・・・・俺は、穂希が好きなんだ。

ヅラなんかよりずっと、俺の方が穂希を想ってる。

大事にしてやれる。護ってやれる。


再び腕に力をこめて、穂希を強く抱きしめた。


「ぎ・・・銀さん・・・苦しいよ・・・」


「・・・なぁ?」


「ん?」


「・・・俺にしろよ。」


「え・・・?」


「俺にしとけよ。・・・もう二度と・・・・・・お前にそんな顔させねぇから・・・」


「銀さん・・・」


「俺なら、お前の我が儘くらい全部聞いてやれるから・・・」


俺の着物を掴んでいた手に、ギュッと力がこもるのを感じた。


「・・・・・・ふふっ。そうだね。」


「・・・穂希?」


「銀さんと一緒なら、きっと幸せになれる気がする。ずっとずっと笑っていられる気がする。」


自分から言い出しておいてなんだが・・・

まさかそんな風に返されるとは思っていなかった。


もちろん、嬉しくない訳じゃない。

でも、何となく違和感を感じてしまう。


「銀さんは優しいし、面白いし・・・いてほしい時に、傍にいてくれる。」


「・・・おう。俺には何でも相談していいぜ。」


「ありがとう。」


「呼べばいつでも飛んでいってやるしよ。」


「・・・やっぱり、私には銀さんみたいな人が合ってるのかもしれないな。」


「こんないい男、他にはいねぇぜ?」


「あはは。そうかもね。」


「だから・・・もうヅラの事は忘れろ。いや・・・俺が忘れさせてやる。」


「ふふっ。いつもそうやって女の子口説いてるの?」


「ばーか。こんな事、そう簡単に口にしねぇよ。」


「ほんとに~?怪しいけどな~。・・・っくしゅん!」


「あ・・・今更だけど、悪ぃな濡れちまって・・・」


「うぅん。でも、風邪引いちゃうから・・・帰ろっか?」


腕の中で可笑しそうに笑っている穂希。

だが・・・そんな様子を見つめる俺は、心から笑う事が出来ずにいる。


感じていた違和感は・・・確信へと変わった。


穂希が1度も「うん。」と言わなかった事に、気付いてしまったから―――。


こんなにも傍で抱きしめていると言うのに・・・

何故だか穂希をすごく遠くに感じ、抱きしめた腕を緩められず・・・


「銀さん?」


呼びかけにも答える事が出来なかった。


「・・・ふふ。子供みたい。」


まるで赤ん坊をあやすように背中をポンポンと撫でられ、少し気恥ずかしくなった俺はゆっくりと顔を上げる。


「ガキ扱いすんじゃねぇよ・・・」


拗ねた様子に笑いながら俺の腕をスルリと抜け出ると、落としてしまった傘を拾い上げて、再び差しかざした。


「傘ないなら、送るよ。・・・・・・それとも、家に寄ってく?」


思いがけない誘いに、一瞬ドキリと鼓動が高鳴るのを感じはしたが・・・

次の瞬間には、


「いや・・・今日は帰るわ。」


と、自分でも意外な事に、その誘いを断っていた。


「そっか。じゃ、送る。」


穂希も、最初から俺がそう言うのをわかっていたかのように言葉を返してきた。




その帰り道は、何を話したのか全く思い出せないほど・・・

俺の頭ん中は、色んな想いが交差していた。


穂希には幸せになってもらいたい。

出来る事なら、俺が幸せにしたい。

ヅラといるより、俺と一緒の方が穂希は幸せになれるだろう。


だが―――。


『人の幸せは、誰かの犠牲の上に成り立つ』とテレビか何かで耳にしたのを思い出した。


俺が穂希の傍にいて、犠牲になるのがヅラなら・・・迷わず穂希の傍にいる。

あんな腑抜けた奴に、穂希を渡す気はないから。


でも、違う。


俺と穂希が一緒にいる事で犠牲になってしまうのは・・・

きっと“穂希の気持ち”だ。


「俺は・・・どうすりゃいいってんだよ・・・」


止まない雨は俺の気持ちを代弁するかのように、その後数日間降り続いた。



                                ― El futuro ―