恋する乙女は兎印
「今日は早いアルな、銀ちゃん。」
寝ぼけ眼を擦りながら、布団から出てきたのは・・・
銀魂のヒロイン、神楽である。
「べ、別に?俺ァいつも通りに起きただけだけど?」
「何か服装もいつもと違うネ。どこか行くアルか?」
「な、何言ってんの?銀さんいつもと変わんないよ?バレンタインだからとかそんなんじゃないからね?」
「・・・毎年毎年、懲りないネ。」
「ば、ばっか!違うって!」
「あ~、わかったわかった。今年はチョコもらえるといいアルなぁ~。」
「だから違うって言ってんじゃん!」
否定する銀時の言葉を無視し、居間を出る。
「バレンタイン・・・」
神楽の生きてきた十数年。
バレンタインを意識した時など一度もなかった。
そもそも、“バレンタインがどういう日なのか”を知ったのだって、割と最近の事なのだから。
だが、今年はいつもの神楽とは違う。
“バレンタインがどういう日なのか”を知ってしまったから。
人生で初めての、特別なバレンタインになりそうだ。
身支度を済ませた神楽は、一人駄菓子屋へ来ていた。
お目当ては彼女の好物であり、今やトレードマークになっている酢こんぶ。
いつもはその酢こんぶを買ったらすぐに店を出るのだが・・・
今日は何やら様子が違う。
何かをじーっと見つめている。
もちろん、酢こんぶではない。
見つめる先には・・・チョコレート。
兎のイラストが描かれた包みで、大きさはチ○ルチョコくらい。
「おばちゃ~ん、コレもおくれよ~。」
酢こんぶ2箱とチョコレートを1つ買い、店を後にした。
万事屋への帰り道。
神楽は酢こんぶを銜えながら、さっき買ったチョコレートを見つめている。
銀時へのプレゼント?
だとすると、新八の分がないのはおかしい。
新八へのプレゼント?
これも・・・やはり銀時の分がないのはおかしい。
父親へのプレゼント?
でも、手紙で送るって言うのは無理がある。
兄への・・・いや、これも無理だろう。
定春に・・・は小さすぎる。
むしろ、定春がチョコを食べるのかどうか疑問だ。
じゃあ誰に…?
もしかして、バレンタインとか関係なく自分で食べるために買った・・・?
神楽ならありえることだ。
万事屋に着き、階段を上ろうと踏み出した足が・・・止まった。
チョコを見つめたまま、何かを考えているようだ。
しばらくそうしていた神楽は突然くるっと振り向き、歩き始める。
どこに行くつもりなのか・・・
緊張した面持ちで、足取りもなんだか重い。
右手にはチョコを握り締めている。
途中、遊び仲間のよっちゃんに声をかけられたが、神楽は気付かず。
公園のベンチに腰掛けていたマd・・・長谷川にも声をかけられたのだが、それにも気付かず。
ただ真っ直ぐに目的の場所へ向かっているようだった。
そんな神楽が着いた先は・・・人気の少ない公園。
公園と言っても、子供が遊ぶような遊具がある訳ではなく。
ただ、ベンチがいくつか置いてあるだけのところだ。
こんな場所に何の用があったのだろう。
公園の中に足を踏み入れた神楽は、更に重い足取りで歩を進める。
そして、あるベンチの前で立ち止まった。
「・・・・・・」
そのベンチには先客がいた。
亜麻色の髪、赤いアイマスク、黒い隊服。
銀魂をご覧になっている方はもうお分かりだろう。
真選組一番隊隊長 沖田総悟。
今日も仕事をサボり、この公園のベンチで昼寝をしている。
犬猿の仲である二人が、こんなところで鉢合わせしてしまったのだ。
この後の事は想像が・・・
と思ったが・・・
どうやらいつもと様子が違う。
神楽は黙って、総悟の寝顔を見つめている。
ここに総悟がいる事を知っていた・・・いや、総悟に合うのが目的でここに来たのだろうか。
思いつめた表情で、総悟の寝顔を見続ける神楽。
少し近づき・・・右手に握り締めていたチョコを総悟のお腹の上に置いた。
ずっと握り締めていたせいで、中身はすっかり粉々になってしまっているようだったが。
そして、総悟の手に触れようと、そっと手を伸ばした瞬間・・・
「ん・・・」
と言う声で、ハッと我に返った。
慌てて来た道を戻っていく。
「私・・・何かおかしいネ。こんなの私じゃないネ!」
そう言いながら、万事屋への帰路に着くのだった。
その日の夕方。
定春の散歩に出かけた神楽は、いつもの公園に来ていた。
子供たちの楽しそうな笑い声。
元気に走り回る定春。
いつもと何も変わらない風景。
・・・のはずだった。
その男が現れるまでは。
「オイ。」
その声に神楽は振り返る。
「お前・・・!」
「何の真似でィ、チャイナ。」
「な、何のことアルか?」
「コレ・・・お前だろ?」
そう言って取り出したのは、さっき神楽が置いてきたチョコレート。
「何言ってるアル!そ、そんなの知らないネ!」
何でバレたのか・・・と言わんばかりの表情をしている神楽。
「顔に書いてあるぜィ?」
そんな事を言われて、ついうっかり顔を触ってしまう。
「・・・嘘つくのが下手な女でさァ。」
「っ・・・!」
「まぁ、それがいいところなんだけどねィ・・・」
気が動転していた神楽には、この一言は聞こえていなかったようだ。
「か、勘違いすんなよ!義理だからな、それ!義理だからな!」
「そうかィ。」
無表情な総悟だったが、その言葉には優しさが込められているように感じられた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・何で」
「あぁ?」
「何で私だって思ったアルか?」
気になっていたことを質問してみる。
「チョコレートをここまで粉々にするのなんて、お前ぐらいしか出来ねぇぜィ。」
「失礼アル!そんな小さいチョコレートなら、誰でも粉々に出来るネ!」
「それに・・・」
「何アル?」
「兎の絵を見たら最初に思いついたのがアンタだったんでさァ。」
「!」
一気に顔が赤くなるのを感じた。
「う、兎は夜兎の印ね!私の印じゃ・・・」
「俺にとっちゃ、アンタの印なんでィ。」
神楽の言葉を遮り、珍しく真面目にそう言う総悟。
「なっ・・・!」
「色が白くて、小さくて・・・寂しがりなところもそっくりでさァ・・・」
「お前・・・」
「なんて言うと思ったかコノヤロー。」
「・・・え。」
一瞬でさっきのムードをぶち壊す発言。
「まぁ、チョコは貰っといてやりまさァ。お返しはしねぇが。・・・ほら、ガキはさっさと帰んな。」
「う、うるさいネ!お前もガキだろ!帰ってゴリラの乳でも吸ってな!いくよ、定春!」
「わんっ!」
捨て台詞を吐き、足早に公園を出て行く神楽。
総悟はその背中を黙って見ているのだった。
「やっぱり・・・あんなサド嫌いネ・・・」
定春に跨った神楽は、ぽつりとつぶやく。
心臓の鼓動も、顔の火照りも治まらない。
「なのに・・・何でこんな気持ちになるアルか?何で胸が苦しいアルか?何で・・・嬉しくなるアルか?」
少女は、一つ大人の階段を登ったようだ。
「・・・・・・」
ぎゅっと定春にしがみつき、背中に顔をうずめる。
「くぅ~ん・・・」
「これが・・・恋・・・アルか?」
その気持ちをしっかり受け止められるようになる頃・・・
少女は、大人へ近づくのだろう。
可愛い可愛いウサギちゃんから・・・色気たっぷりのバニーガールに・・・
~完~