はじめに
平成二十五年度に、私(松原 亜起)は、東京保育専門学校の体
育・身体表現・保育教職や実習関連を担当した。
私の教育研究的模索から、日本教育人材育成協会創設で行ったキッ
ズ・ボディーコーディネーション検定講座(保育者用キッズ・ヨガ
やペアワーク等の伝統的な手法と幼児の調整力を高める運動等を行
う)の実施までの経緯と活動について報告して述べる。
求められる人材とは
実習巡回では、約六十の園や施設を訪問する度に対応した実習担
当者や園長に次のような質問をした。
「貴園では、どのような実習生や職員を募集したいと考えるか」
その答えには、大きく分類すると三種類あった。
・技術よりも「やる気」・「負けじ魂(頑張る心)」や「一生懸命
」があること。
・基本的な能力「健康」で、「コミュニケーション能力」(挨拶が
できる)があること。
・子どもの前で何かを見せることができる一芸(音楽では弾き歌い
や、造形では廃品から見本作品作製など・身体活動ではダンスやヨ
ガなどができる)を持っていること。
特に三番目の回答には、従来の子どもたちと共に何かを行うとい
うよりは、より専門的で目を引くような技術が求められており、今
までのニーズとは別の流れにあると感じた。
新しいニーズを探る
この新しい別の流れについて、専門の体育分野を例としてあげて
みたい。
体育分野では、基礎体力(筋力・柔軟性・持久力の総合能力)の他
に、近年、行動体力(運動を継続できる力)、防衛体力(細菌感染
などにかかりにくい体をもつ)・知的体力(勉強など知的作業を続
けられる持久力・探究心を持つ)・精神的体力(精神保健・メンタ
ルヘルス)も含まれるようになり、体育分野の担う部分が広がって
いる。それは、脳科学より運動によるホルモン分泌の精神に与える
影響が周知されてきた経緯もある。
今まで注目されてこなかった障害と運動
例をあげれば、睡眠障害からくる不調が、不登校から脳や心と体
(起きることができないから、慢性疲労症候群へ)の問題へと発展
し、幼児期の睡眠リズムの乱れが、小学校からの社会生活不適応へ
の深刻な問題となっている。そのため、子ども専門の睡眠障害治療
でも運動効用が注目されている。文部科学省では、平成二十四年に
「幼児期運動指針」で、幼児の活動的遊びで様々な運動が体験でき
るように、一日六十分以上、楽しく体を動かすことが推奨された。
効果を高めるワーク
睡眠障害と運動・言語発達との関連にも着目されるようになり、
従来、体育とは思われてない分野への広がりと他分野との複合性が
ここで登場してきたことを述べた。この流れを保育者養成の中でど
のように扱うかと考えていた時、新しい流れへの情報が舞い込んだ
。
講師の先生が、東京都の児童相談所に於いて、キッズ・ヨガを行
っているので、その内容を体育授業でも扱えないかとの打診があっ
た。早速、学校側に相談したところ、是非、学校で取り入れて欲し
いとのことだった。
確かにキッズ・ヨガなどは、様々なポーズと(動的・静的)瞑想
からその効果が述べられており、今まで触れられなかった東洋医療
とその理論的発展性がある上、楽しいワークができる。
導入への工夫
学生からも熱心な要望があり、当初は体育授業で扱う予定だった
キッズ・ヨガであったが、導入に際して、より在学生や卒業生の利
点になるような検定制度にしてはどうかという案が学校側からも提
案された。それは、保育者養成が乱立される中、より保育者として
の有益な差異化への対策でもあった。松本校長先生からも保育者養
成の次世代の流れとして是非にも必要な方向性であるとの考えが示
された。
しかし、検定にすることで、学校授業では扱えず、また、検定制
度そのもの(検定にしたからマスターしたと言えるのか、授業内で
まずは扱うべきなど)への問題や懸念も考えられた。
では、どのように新しい流れを導入したら一番身につくのか、学
生にとって良い方法は何であるかと考えた。
学習意欲の課題
まずは、学生個人の学習意欲の現状から考えてみる。この学校に
志をもって入学したが、勉学でも実習でも思っていたことと現状が
異なり、挫折や迷いが生じ、本当は自分の選択ではなく親から勧め
られたなどと言い訳をして勉学が続けられない残念な例がある。
次に、教育改革をすすめる学校制度でも、国から課された指定校
の資格基準を満たすために行うカリキュラム・習得単位というもの
を満たすことが必須なため義務化が付きまとう。文科省や厚労省よ
り示された新しいカリキュラムにそれを反映させるために授業時間
数が、どの養成校でも手一杯であり、夜間や土日・祝日の時間を使
用することで間に合わせている。それを義務と思えば思う程、学生
には「しなければならない」という嫌悪感がつきまとい、勉強意欲
を高める環境ではないと学生からの反発も聞こえてきた。
未来世界と教育改革
人間の能力を十分に発揮させ、楽しく学べる方法はないものか。や
る気を活かし、勉学意欲を継続させるには、どのような環境設定が
必要なのだろうか。
教育改革の成功でナイトの称号を得たイギリスの教育者でケン・ロ
ビンソン(Sir Ken Robinson 1950-)は、1998年にまとめた調査リポート”All Our Futures; Creativity, Culture & Education” には、「世界経済はますます先が読めなくなる。これからの教育は
新たな発想や創造性を育てるべきだ」という指摘をし、画一化した
教育の改革を訴えた。
ロビンソンは、この現状の画一化された教育システム・ルートを工
業的教育であるとして、次のようにあるべき姿を語る。
熱くなれる有機的教育
画一化された工業教育はファーストフードと同じで人間には害を及
ぼす。そして、教育において才能は人それぞれであることを認め、
人が情熱をもって「熱くなれる」ことが重要で、人々が学校をあき
らめてしまうのは、この熱くなれないからだと述べている。だから
、工業的な画一的な面をやめて、もっと教育を有機的で農業的にす
べきと主張する。なぜなら、人の成長は機械的なプロセスではなく
、有機的なプロセスだから、どう成長するかは予測できないからだ
。我々にできることは、いい土壌としての教育環境を作ることであ
ると述べている。このロビンソンの考えは、前述の問である学習意
欲を継続させる一つの答えである。
多様な価値観と才能
また、ロビンソンは、新しい教育はコピーできるものでなく、将来
のための教育は、技術や情報の加速度的進歩に伴い、現在には存在
しない価値観や才能が必要になると述べる。
例えば世界では2008年のリーマン・ショック、2011年のギ
リシャ危機、また、日本では東日本大震災と福島原発問題と共に人
々の価値観そのものが変化してきている。世界の未来が予測し難い
現在、このロビンソンの主張である「学力だけに頼った価値観を改
め、多様な才能を育てる」という教育革命には、注目度が高くこれ
らを元に学校改革が世界各地で進められている。
自主性への刺激
従ってロビンソンは、「一人ひとりのニーズにあう教育」というこ
とを考えた時、初めて未来が開けるのではないかとしている。その
ために常識を疑うことから始め、教育のムーブメントを起こす必要
があり、個別カリキュラムで学習者の自主性を育む必要があるとす
る。ロビンソンは、このため様々な人材の能力や技術と教師の力を
合わせることで、教育革命が起こせるのではないかと強調する。
先を見据えた環境設定
未来の社会を作る子どもに携わる保育者だからこそ、その養成には
ロビンソンが述べる多様性が今後は重要になると考えられる。また
、常識を疑えということは、タブーを設けない、あらゆる可能性を
教育に取り込むということである。
現状のシステムに囚われることなく自由な設定ができる環境を作
ることで、自分が選んだと感じられる状態(自己責任の認識)を作
り、個人学習の選択肢を増やせる状況をまずは作ることが最初であ
ると考えるに至った。一般社団法人日本教育人材育成協会を設立し
、検定コースとして、キッズ・ボディーコーディネーション講座の
実施を退職後、企画した。
新奇的複合領域を目指す
幼児体育は、いわゆる小学校体育の延長線下の内容である。しかし
、キッズ・ボディーコーディネーション講座は、従来の幼児体育で
は扱わない東洋の伝承された技術とコーディネーション・トレーニ
ングを合わせて子どもの心技体を育むことを目的とした。
内容は、ロビンソンが理想とする有機的教育を目指すために、より
新しい複合的な内容になっている。例えば、初級は、ノートや記録
の取り方から始まる。記録をとり、振り返ることで個別の学習効果
が高まるからであり、この様に体育の枠から外れていると思われる
分野の扱いが数多くある。
講座の結果報告
、キッズ・ボディーコーディネーション講座は、従来の幼児体育で
は扱わない東洋の伝承された技術とコーディネーション・トレーニ
ングを合わせて子どもの心技体を育むことを目的とした。
内容は、ロビンソンが理想とする有機的教育を目指すために、より
新しい複合的な内容になっている。例えば、初級は、ノートや記録
の取り方から始まる。記録をとり、振り返ることで個別の学習効果
が高まるからであり、この様に体育の枠から外れていると思われる
分野の扱いが数多くある。
講座の結果報告
東京保育専門学校では、関係各所の協力により、第一回の初級講
座は、平成二十六年三月六日に行われ二十二名参加で無事全員が初
級検定を認定された。第二回は八月三十と三十一日に初中級コース
が同時開催された。初級は五名参加で認定された。中級は、五名参
加であったが、一日の講義と実技内容ではマスターが難しいことが
判明し、次回に再度受講して認定するということで特別保留となっ
た。
参加者が少人数であったこともあるが、とても熱心な学びの場と
なった。各受講生の真剣な眼差しと意欲に普段の授業ではみられな
い様子を発見し、私も頼もしく思った。
受講生からも松本校長先生の元にこの講座開催の御礼の手紙など
が届き、成果を学生自身も実感できた内容であったことが次のコメ
ントからわかる。「幼児用ヨガの方法がわかって良かった。早く子
どもと一緒にやりたい」
おわりに
学生個人の学習意欲とこれからの教育的方向はリサーチできたが、
前述の検定その物のあり方への問題は課題として残る。しかし、一
歩踏み出すことで課題が見えることが重要であり、改良・改革から
また新しい一歩ができつつある。
次回講座は、お茶の水女子大学にて3月7日8日に初中級を行う予
定である。
*この原稿は、『児童研究』第672号 第60巻 第5号 pp
.2-3 に掲載されたものを一部改編したものである。