「ディグニティって、何だっけ・・・」

本を読んでいたウチの親爺が不意にポツンと呟いた。声がいつもより暗く、しわがれている。

吾輩は思わず親爺の顔を見た。やっぱり暗い。鬱になる・・・間違いない。吾輩はそれとなく親爺から遠のく。なるべく関わりたくない。

「何を消失せしめたってんだよっ!」

親爺の声が荒々しくなってきた。いよいよ来たらしい。


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ウチの主人はカタカナに腹を立てている。本が好きでしょっちゅう読んでいるのだが、その本にちりばめられているカタカナ語が気に食わないのだ。誰もが知っているようなカタカナ語にも躓く。いくら覚えてもすぐに忘れる。中学校の頃からずっと変わらないらしい。「ディグニティ」の前は「ビューロクラシー」だった。つまりウチの主人には威厳がないのである。



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吾輩のような小柄で美男子の犬を見ても逃げ出す人間がいる。信じられない。けしからん。

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特に癪に障るある女性がいる。年齢はたぶん30歳くらい。人間の年齢は、特に女性の年齢は吾輩にはよく分からんが、その女性が吾輩を毛嫌いしているのだ。

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夕方の散歩、困ったことにバス停で出食わしてしまう。そのバス停はわが家のすぐ前にあるから吾輩はそこを通らないわけにはゆかない。あちらは仕事を終えての帰り道なのだろう。遠くから吾輩を見つけるとお化けが来たみたいに逃げ出す。全くもって失礼な話だ。吾輩と出会う人たちは「あら、なんて可愛いワンちゃんだこと」と声かけてニコニコしてくれるのが通常である。その度に吾輩は得意げに尾っぽを振ってやる。ウチの親爺も自慢げな顔になる。お前の手柄じゃないのに、と吾輩はいつも思うのだが、ま、いいか。

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彼女の逃げ道はまずいことにわが家の玄関口に行く路地だ。「そこがこの子の家だから、逃げるならあっちへ」とわが主人がのたまうのだが、彼女は聞く耳を持たない。いつもそこに逃げ込む。ひどい時はバスを待っていた列の見知らぬご婦人に抱きつくようにして吾輩を避ける。けしからん。実にけしからん。




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主人をつかまえて親爺というのも何だが、まあ、こんな感じである。ちょっと首を傾げて見ようによっては寂しげに見えなくもない。


しかしこの爺さん、いやご主人はかなりの気分屋さんで、喜怒哀楽の激しいお方なのだ。一度ふさぎこむと暫くは死んだようになったりするが、何が嬉しいのかやたらはしゃいでうるさいことこの上ないこともある。人間という生きものは実に不思議だ。

朝夕の散歩が日課。吾輩の主人がいつも一緒の散歩だが、ときに楽しく、ときに辛い。

きっかけは主人の病後の運動不足の解消だったとか。吾輩が主人の家に来たのもそれがきっかけだった。一人での散歩が続きそうもないので吾輩に助けを求めたのだ。いい迷惑である。

あれから10年、主人も吾輩もそれなりに年老いた。こうなったらどちらが先にくたばるか、だ。とにかく吾輩は死ぬまで元気で歩いていたいと思う今日この頃だ。