今日の広島は曇りだにゃ。
暑くなくていいよ。

最近は自分の意思とは反対に気付くと寝てる自分がいる…。
もう夏バテか?だとしたら長い夏をどうやって乗り切ろうかな。

では今日一日頑張ってください。
オラは9月に生まれる予定だった。

がっ!7月に生まれました。

なんと生まれる前にオカンが体力つけるために鰻を食べていたらしい…。

日頃食べないもの食べるからビックリしたんだね。(笑)


しかし生まれても会わせてもらえなかったらしい…。

そして医師から言われた一言は…「助からないかも」

そして親父はお寺に行って和尚さんと名前を考えたらしいです。2日後に名前をつけたその理由は…亡くなったときに名前が無かったら可哀相だからだそうです。

そして1ヶ月間保育機に入れられてたらしいです。

そして朝毎日のように婦長さんがきて「今日はダメでしょう。(死ぬでしょうの意味)」と言われたそうです。
その言葉を聞くのが嫌で早くオカンは退院いたんだって。

しかーしオラは元気にここにいますよ!
生きてるってことはなんらかの使命があるのかも…。
生前のオカンの言葉…オラの元気な姿をあの時の婦長さんにみせたい!ってよく言ってました。
7月という月はオラにとって特別な月だね。
なぜかって?
それは…まずは誕生日があるから24日です。
それと婆ちゃんの命日(25日)があるからです。

オラが小5のときの誕生日はけして忘れることのない日だね。
夕方家族4人で出掛けていて小僧寿司で寿司を買って帰ると婆ちゃんが家の前で座って待ってました。
いままで無かったことです。オカンがどうしたの?って聞くと「誰もいなくて寂しかった」と答えたらしいです。
ご飯を食べ終わり婆ちゃんが奥の部屋に戻るときに、オラは背中がかゆくて背中をかいてもらいました。
畑仕事で手は荒れてカサカサしてるその手で…今でも忘れることの無い感触です。
オラは婆ちゃん子(爺ちゃんは生まれる前に亡くなっているので知らないので)でしたからいつも婆ちゃんと一緒にいましたね。

24日の夜に体調崩して病院に…そして25日の午前3時過ぎだったかな亡くなったのは。今でも忘れられないね。

その翌年からオラの誕生日は封印されました。(笑)
オカンにとってそれほど婆ちゃんの死はショックだったんだね。
そんなオカンが亡くなってもう2ヶ月がたちました。月日が流れるの早いね。

でも兄貴の嫁さんから聞いた話しでは誕生日をお祝いしなくなって悪いことしたな…って言っていたそうです。
まぁー全然気にしてないけどね。