最近、嫌な事件やらニュースが多くなってきたような気がする。

気がするだけで、いつの時代もそういったくだらない事が

多いのはこの世の必然なのだろうか。

「君子危うきに・・・」

そんな言葉がどこかにあったような気がするのだが、

こちら側から近づかなくとも、

最近は呼んでもいないのにわざわざ向こうのほうから

寄ってくるのだから、なんとも始末が悪い。

「ホント、馬鹿。」

そう、思う。

ああ、此処は関東圏だから

「ホンマ、阿呆。」

と、言うほうが言葉としては最上級なのだろうか?

人として生まれてきた以上、人として恥じぬよう

努めて生きていくことは当たり前のことではないのか?

給料を貰っている身分なれば、給料分くらいは

“きっちり”働いて貰わねばならぬのは

当たり前のことではないのか?

「考える」こと。

どうも、その辺が出来ない人が多いらしい。

そういう世の中なのだろうか?

なんとも、残念である。


jedi1982さんのブログ


今の職業で、
必ず1枚渡されるものの中に
「心の悩み相談カード」
というものがある。

最近の犯罪や雇用に関して
少なくとも自分の周りの中で
意見の一致を見ているものに
「若年世代のコミュニケーション不足」
が挙げられている。

 自分も含め、要は世代間のコミュニケーション
をする人がいない、ということなんだろうか?
自分にはあまり理解はしにくい話なんだけど。

そういった、コミュニケーション不足が
やがて、はけ口のない若い人にふくらみ
いずれは犯罪を起こしやすくなったり、
年上の人と上手くいかず、
社会でも失敗する人が出てくる要因の1つなんだとか。

「話す」ということが、
心にそこまで与える影響が強いのかどうかは
知らないが、
この日記を見た人の中に
何かを抱えている人がいるのならば、
誰かに話してみるのもひとつの手ではなかろうか。

誰かに話してみたところで
結局は自分の人生、自分で解決するしか無いのは
当たり前のことだとは思うが、
いつまでも重荷を引きずったままでは
いつかはくたびれる。
それを誰かに話すことにより、
少しは重荷が軽くなるかもしれない。
確証は無いが、
ズルズル引きずって擦り減るのを待つより、
それを受け止めてくれる人の存在が
よほど、ありがたい存在だと思う。

「命は大切だ」
そんな言葉を100回、1000回聞くよりも、
「あなたが大切だ」
そう言ってくれる人が1人でもいたら
その言葉だけで、生きてゆける。


とあるCM。
そんな人に出会いたいものだ。