媚薬とは主に性的興奮を高める作用を持つ薬の総称であるが、その歴史は古く精力の付く薬や食品の総称ともとらえることができる。多くの場合こうした薬の作用は個人差が大きく、薬効の認識によっても差異がある(プラセボ効果参照)。基本的には精神を自在に操作することのできるほどの薬効成分は実用化されておらず、惚れ薬は架空の薬品と認識されている。性欲を亢進させる薬。主に男性の精力減退の治療に用いられ、勃起を促す作用を持つ。女性用にはフリバンセリンなどが知られている。フィクションの世界では、女性に向けて用いられることが多いが、同じ薬が男女双方に作用することもしばしばである。19世紀末~20世紀初頭にフロイトが創始した精神分析学(およびフロイト派の精神分析学)では、性欲とは、性的欲求を充足させることを目的とした強い衝動である「リビドー究極の媚薬」 (libido) であると考えられた。個々にどのような欲求が生まれ、どのような方法で充足させるかは、個人差が大きく最強の媚薬一般化することは困難である。 同派の性欲の研究について言えば、まずフロイトによる小児性欲のエッセイが著名である。フロイトは未発達の小児にも性欲があると考え、口唇期、肛門期、男根期(最強の媚薬エディプス期)、性器期などという段階に分類した。こうした性行動をともなわない性欲を充足させるか否かが後の人格形成に大きく関わると考えたフロイトは、こうした性欲の抑圧(欲求不満)をヒステリーの原因と想定した。またそうした性欲を根源的な性欲と名付けた。フロイトはこうして人格形成をすべて性欲に起因する欲求で説明しようと考えた。これを汎性欲論と呼ぶが、近年では多くの批判を受け、妥当性に欠けるとされる。
歴史的には大変古いが食用となる野菜や果物、獣肉等の産地、知識が偏っていた前近代においては、刺激性物質の入っている食材が媚薬とされることがすくなからずあり、タマネギなど現代では一般的な食材も過去には媚薬扱いされていた。精力剤の成分メカニズムは大きく分けて加齢、ストレス、喫煙習慣などによって血流が停滞したとき、末梢血管、とりわけ陰部に血流を促進させるためのものや、同様にストレスやミネラル不足による性ホルモン分泌抑制、あるいは産生物質不足により生じた精力減退に対して性ホルモン分泌を促進させるもの、また滋養強壮、疲労回復を目的とし、間接的に精力促進、増強を謳ったものなどがある。これは嗜好品の一般化した近年とは異なり、当時の人々が刺激性物質や化学物質に全く晒されていなかったために薬効が顕在化しやすかったのではないかという説がある。また前述のプラセボ効果により、珍しい果実や食材に媚薬効果があるというふれこみで輸入・販売されることがあった。媚薬(びやく)とは、狭義には催淫剤と呼ばれ勃起不全の治療に使われる薬を言い、広義には性欲を高める薬、恋愛感情を起こさせるような薬を言う。惚れ薬とも称される。肉体的な性機能の改善を目的とした精力剤、強壮剤も含まれる。近年では、脳レベルの性差についての究極の媚薬研究、分析女性発情薬、評論も増えている。それに伴い「男脳」「女脳」、あるいは「システム脳」「共感脳」というような通念も(学術的・厳密であるかどうかはともかくとして)広く普及してきている。リビドーの考え方を前提とした場合、性欲そのものは非常に単純であり根源的な欲求である。ただしその性衝動をどう充足するかによって、性的指向は個々に変化する、と考える。例えばフロイト的な解釈によれば、口唇期の欲求不満が固着した場合は、悲劇的で不信感に満ち、皮肉屋で攻撃的なパーソナリティが形成される可能性がある、とされる。逆に過剰であった場合は、タバコやアルコール摂取意欲の増加女性発情薬や爪を噛むなどの行為がでる可能性がある、とされる。
女性が、自分に執着し媚薬パートナーに大切にしてもらえることを望むという性的指向が固着した場合、そのような価値観を持つ社会集団に属していた、あるいは一切執着をされなかった反動形成と捉えることができ、男性が容姿の優れたパートナー最強の媚薬を所有することを望むという場合も社会的欲求の変形と見なすこともできる。
男脳は空間操作に長ける傾向にあり、女脳は言語操作に長ける傾向にあるとのデータがある。この差は、ヒトとしての進化の過程で狩猟採集生活が最も長期間であったため、そういった環境に適応した個体ほど生き残る確率が高かったことに起因すると考えられている。ただしこれが脳の構造に由来するか否かについては、まだ不明な女性発情薬点がある。身体的な性別と脳の性別は必ずしも一致しない(男性脳あるいは女性脳媚薬傾向といった捉え方のほうがより妥当であると考えられる)ことや、生まれ育った環境にも影響されるということから、統計的な傾向とは異なった性質を示す個人もそれなりの割合で存在する。しかし、まだ研究段階の最強の媚薬見解であるため、安易に個人の性質を決め付けることは早計である。