二日目、母が夢にまでみた「天草五橋」を渡り天草入りし、
上天草~下天草そして一番下にある「牛深」地区へ。
そもそも何故「死ぬ前に天草??」なんだけど、
もう60年以上昔まだ母が若かったころ、東京のお茶屋さんに
勤めていて、そこに出入りしていたのが問屋に勤める青年の
出身地が天草の牛深だったそうな。
当時はお互いに淡い恋心を抱きながらも、手をつなぐ事も
なく、母の職場に青年が来たときにひっそりと倉庫で二人で
話をすることがとてもうれしく楽しいひと時だったそう。
その後、母の姉の旦那が怪我をし、家業を手伝う為に
急遽一時帰省していた時、意地悪な?お茶屋の旦那が
「もう故郷に帰って戻ってこないよ」と青年に伝え、
それを受けた青年も故郷の天草に戻ってしまった
らしいのです。
そのご一度だけ、実家に戻った事を伝える葉書が届き
「天草」「牛深」「天附」という地名が母の脳裏に残っていて、
行ってみたいという気持ちにつながったのね。
たぶん。
羽田で待ち合わせした時に聞いた「牛深」「天附」という
地名だったけど、行ってみる?って聞くと「遠いからいいの」
という母。
でもね、せっかく天草まで行くんだからと、車走らせて、
迷ったおかげで「天附」まで行け、ついでに
「天附小学校・中学校」まで見て来れた。
「砂月海水浴場」から眺める景色は母の目に焼きついたでしょうかね。
すっかりおばあちゃんになってしまった母の後ろ姿。
私もこ~んな感じの後姿になるのか?
「ハイヤ大橋」の下にある「うしぶか海彩館」で
母はマグロ丼、娘は海鮮丼、私は漁師めしを食べて
教会を見学しながら上天草の松島温泉の宿へ向かい
二日目は終了しました。
続く。

