2014年6月4日ブログを開始しました | 湘南ベルマーレフットサルクラブ 久光重貴のブログ

湘南ベルマーレフットサルクラブ 久光重貴のブログ

久光重貴(湘南ベルマーレフットサルクラブ所属)のブログです。

これからブログを始めるにあたり沢山の方々の協力と今もベルマーレの選手として活動が出来ている事を感謝したいと思います。
ブログの内容としてはフットサル選手としての自分とフットサル大使としての活動を報告していければと思っています。

まだ治療を初めて一年は経っていないけれど一年前の自分が感じていた事にも少し振り返りながら、がんサバイバーとしての経験やその時々の気持ちを書いていきたいと思います。

記念すべき第一回目は去年の2013年6月4日に肺がんと診断結果を言われた時に書いた日記をコピーして貼付けました。
一年間で色々あったけど、これからある色々な出来事を前向きに楽しめるように頑張っていきますので宜しくお願いします。

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この日は2013年6月4日に東海大学病院で肺がんを診断された忘れる事の出来ない日になった。

そんな日にブラジルワールドカップ出場をサッカー日本代表はオーストラリア代表と引き分けて出場権を獲得した日にもなった。

この日が来るまでに気管支境や PETCTや核医学FDGシンチやMRI検査を行ってきた。

今自分は31歳でまだまだ働き盛りの年齢で周りの検査を受ける人や診察に訪れる人は自分よりも一回りもしくは二回り以上年齢が上の方が多い場所だった。

そんな中で今までの人生で経験した事のない検査を続けて今日の診察結果を聞いた。

結果を聞く時は身内の方と来て欲しいと主治医の先生に言われ母親と病院に向かった。

15時の予約から待つ事5時間ようやく自分の診察番号が呼ばれた。

ちなみに平塚で一人暮らしをして6年間母親と二人きりで5時間を過ごすのは初めてだったと思う。

その時間は忘れられない時間というより当たり前の親子の時間になっていたと思う。二人でファミレスで食事をして二人でコーヒーを飲んで今まで見る事の出来なかった母親を見れたと正直思う。そんな母親も今年で60歳の還暦だ。
それは年もとってしまうし頑固にもなっていたと思う。何よりいつまでも変わらぬ笑顔とB型特有のマイペースには笑わせてもらった。

今回肺がんを知るきっかけになったのはFリーグの選手として登録前に行うメディカルチェックで肺のレントゲンで影が見つかり再検査を行った結果判明した。

もしフットサルを辞めていたらこんな検査を受ける事なく生活していたと思う。

今の肺がんの進行状況は分からないが検査を受けずに生活をしていて末期がんになっていたらと思うと怖くなる。

今でも正直怖くなるけどまだ肺がんだという実感が無いのが本音だし、治療法も決まってない中で恐怖心も湧いてこない。これから恐怖に怯え苦しむかもしれないけど治る事とまたフットサルのピッチに戻り活躍する事を信じたいと思う。信じないといけないし自分から逃げる事だけは絶対にしたくない。
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当時一年前に書いた日記だけど本当に鮮明に覚えているし、この日記を書く前に弟やお世話になっていた方々何人かに電話で報告をした。

みんなテレビを見ていてワールドカップ出場に楽しそうに大騒ぎをしていた中での報告は心苦しかったけど、だからこそ忘れられない日になったと思います。


忘れる事が出来ない日になったのは間違いないけど去年のこの日は日本代表にとっても自分にとってもチャレンジが始まった日だと自分に言い聞かせて大切な日としてこれからも生きていきます。

ブラジルワールドカップでの日本代表の活躍を楽しみにしているし応援しています。

長文になりましたが最後まで読んで頂きありがとうございました。
これからも定期的に更新していきますので宜しくお願いします。


Um por todos,todos por um.


湘南ベルマーレフットサルクラブ 
日本対がん協会フットサル大使

久光 重貴