NPO JCPのブログ

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人類共通の遺産を護り、育み、次世代に伝えていくために組織されたNPO法人 文化財保存支援機構の活動をお伝えするブログです。

令和二年度もNPO法人文化財保存支援機構をよろしくお願い申し上げます

私たちは、皆様とともに
文化財を通した社会貢献の使命を果たすべく、
被災地支援の活動を行ってまいります。



HPは→http://www.jcpnpo.org/ / 2011年4月以前のブログは→http://blog.canpan.info/jcpnpo/

本セミナー九州ツアー最終日。

昨日は有田からほど近い嬉野温泉で肌をスベスベにし、あっという間に3日目となりました。

 

最終日1箇所目の訪問先は木版摺更紗の鈴田滋人先生の工房です。住宅街の中に先生の工房はありました。

 

鈴田滋人先生

 

まずは展示スペースにて先生のお話しを頂戴いたします。すぐに目につくのは先生と、先代のお父様の作品がずらりと並んでおり、目に鮮やかな色彩が飛び込んできました。鈴田先生のお父様は「鍋島更紗」の古文書を解読し、独自に研究を重ねられ復元を完成されたお方です。
 

 

その時の古文書や版木、染めにつかう植物も展示してあり型染の基礎的なことが凝縮された空間でした。鈴田先生のスケッチから、「型」に落とし込んでいく作業のお話しの中に「一枚の葉が重なれば枝になり、枝が重なれば木に、そして森、山…」「すべては型に集約される」と哲学のような、そしてそれを意匠に仕上げる世界観を垣間見ることができました。そして「揺らぎ」のお話し。なぜ人は手作りに美を求めるのか、デジタルでつくったものでは決して感じ取ることのできない曖昧さや不完全さがあり、それは狙ってできるものではなく作り手が追い求めるものでもない、という第一線でご活躍される先生の美学ともいえる貴重なお話しを聴くことができました。

 

さて、次はいよいよ工房へ移動します!

 

 

版木と型染に使用している型紙、そして先生のデザイン画が並んでおります。通常、型紙は和紙に柿渋で防水したものが考えられますが、先生は特殊にコーティングされたものを使われています。一つの反物を作る場合、何千回と押す作業を繰り返して出来上がるのです。奥の部屋では息子さんが実際の作業を制作途中のものでご説明くださいました。

 

 

デッサンから型へ、そしてその型の繰り返しや色と配置にいたるまでの変遷を先生の図案から読み取ろうと皆様熱心に目と耳を傾けていました。

 

鈴田先生は「のごみ人形」という郷土玩具の制作にも携わっておられます。次のお部屋ではその制作を見ることができました。合わせ型で成形し焼成後に胡粉下地と顔料で一つ一つ彩色した素朴で温かみのあるお人形です。実は年賀切手の元となったお人形もあり、記憶にあるかたも少なくないはずです。ちょこんと並んだウサギ…か、かわいい!!

 

 

このお人形も先生のお父様の代から始められ、工房がある地域のお名前をとって「のごみ人形」のお名前となったそうです。この粘土を詰める作業、なかなか力が必要そうです。

 

鈴田先生、そしてご家族の皆様貴重なお時間をありがとうございました!!

 

 

 

バスは一路、唐津まで向かいます。

ギュギュっと詰まった九州ツアー最後の訪問先は、唐津にある中里太郎右衛門先生の工房です。

 

今日までの訪問先では主に「磁器」の工房を拝見してきましたが、唐津焼は「陶器」になります。原料の違いだけでなく、焼成温度と釉薬の有無でも異なります。1100~1200度で釉薬があるものを「陶器」呼び、1300度以上で釉薬があるものを「磁器」と呼ぶ…移動の車中で森由美先生の解説を耳にしながら訪問先に到着しました。中里太郎右衛門 陶房ではその温度が1330~1340度まで昇るようです!

 

まだオープン前の御茶盌窯記念館で14代中里太郎右衛門先生よりお話しを伺いました。

目の前には13代中里太郎右衛門(中里逢庵)先生の作品がずらり。唐津焼を軸にこれまでの歴史や貴重なお話しを頂戴しました。こちらのギャラリーは元々あった建物をリノベーションして春ごろにはオープンの予定だそうです。ここでは唐津焼にまつわる書籍や古唐津からはじまる唐津焼の変遷、そして13代の細部まで緻密に書き写したデッサンなど拝見することができます。

 

14代 中里太郎右衛門先生

 

工房と陳列館兼ショップと二班に分かれて見学しました。ショップ兼ギャラリーでは太郎右衛門先生より一つ一つ丁寧な解説もいただきました。いずれの訪問先でもそうだったように、やはり唐津焼も一度存続の危機に陥り、中里家の歴代が技術の復興と再生、そして現代へと受け継がれてきた歴史があります。ショップでは湯呑や茶わん、お猪口にお皿類が。可愛いのが豆皿!なんと唐津焼を模した「唐津陶片煎餅」というお煎餅も売られております。お値段も手にしやすい価格でしたので、ついつい揃えたくなる気持ちになります。

 

 

工房では実際に絵を書き入れているところや、唐津焼といえば蹴轆轤。職人さんが足で蹴るように轆轤を回す姿は力強さを感じました。そして敷地内にある登り窯も拝見しました。昨日天狗谷窯跡を見学しましたが、大きさは違えど、同じものがありました。

 

 

 

そして葉に覆われているこちらも、敷地内にある「御茶盌窯跡」!

唐津藩の御用窯として将軍家へ献上品を焼くための窯でした。

 

 

磁器とまた違った土の温かみを感じることができるのは、陶器ならではかもしれません。日用品の食器からこだわりを持ち生活をしていくことで、少しゆとりをもった贅沢な気持ちを味わうことができると感じました。

 

中里太郎右衛門先生、スタッフの皆様、貴重な時間をありがとうございました!!

さて!一晩ぐっすり寝たら本日は陶磁器Dayです。

 

バスの道中、講師の森由美先生によるウィットに富んでわかりやすい、佐賀県の陶磁器にまつわるエトセトラを解説いただきました。

本日一同が目指すのは佐賀県!

 

二日目1箇所目の訪問は柿右衛門様式で名高い酒井田柿右衛門様の工房です。

ご当主である15代酒井田柿右衛門様じきじきにご案内くださいました。

まずはじめに古陶磁参考館を拝見しました。

 

 

「磁器」が生まれた初期の頃から現在のご当主まで、歴代柿右衛門作品がずらっと並んでおります。濁手にきりりと赤が映え、その洗練されたデザイン性がうかがえました。古陶磁参考館の手前には展示場があり、直接お買い物ができます!

 

 

さてさて一同は工房の中へと移っていきます。参考館を抜け見えてきたのは大量の薪!!ということはつまり焼き窯ですね。柿右衛門窯では赤松を使われているそうで、最近はなかなか赤松の入手も難しくなってきたようです。おや?受講生がぞろぞろと入っているけど…中に入って焼成待ちの磁器の気持ちになれるかしら…

 

なんと!ご当主自ら中でご説明してくださっておりました。想像より天井が髙く驚きました。外では番頭さんが質問にお答えくださり、時間がいくらあっても足りないくらいです。

次はいよいよ作陶と絵付けを拝見させて頂きます。

 

15代 酒井田柿右衛門先生

 

 

まずは絵書座。ズラリと作業机が並び、皆様黙々と絵付けをしております。

下絵の線描き、濃み、上絵の濃みなど工程に分かれ、色や筆を使い分けながら作業されています。作陶では轆轤で成形するやりかたもあれば、お皿などは伝承されてきた型を用いて成形し、水拭きで表面を整えた後素焼きに入っていきます。

この成形用の型がまさに資料性を多く含んだ重要なものであるということがわかりました。

最後は柿の木の下で記念写真をとり、後ろ髪を引かれながら次の場所へ…

 

ご多忙の中、当代酒井田柿右衛門先生、スタッフの皆様ありがとうございました!

 

 

 

2日目2箇所目の訪問先は重要無形文化財の保持者である今泉今右衛門先生の工房です。

 

 

同じ佐賀県内で陶磁器の産地として有名な窯がいくつも点在していますが、どう違うのでしょうか?

今右衛門窯の歴史は鍋島藩において献上品として造られたところから始まります。陶磁器製作は基本的に分業制となっており、ご住所の町名からもうかがえるように今右衛門窯は赤絵付けの仕事を委託されていました。その後明治期より生地から絵付けまでの一貫した制作がはじまりました。現在では色鍋島に独自の技法と芸術性を重ね、表現の幅はより深化しておられます。

 

こうした歴史的背景を、素晴らしい作品が並ぶなかで14代今泉今右衛門先生より伺いました。その中で表現を追求されていく過程で、「ゆらぎ」というワードが出てくるのですが、それは明日の鈴田滋人先生のお話しへとつながってゆくのです…続いて工房へお邪魔させていただきます。

 

趣のある建物と煙突が!その右手には窯がみえます。周囲に見える黒いフレームは、温度を上げていく途中で窯自体が膨張し崩れるのを防ぐため、ガッチリ固定するためのものだそうです。

 

 

別の建物には「今右衛門古陶磁美術館」もあり、色鍋島の変遷や歴代今右衛門の作品を拝見することができます。

今右衛門先生のお話で非常に印象的だったのは、ご自身と雪にまつわるお話と、「技術は伝統的であっても生み出すのは現代の新しい焼物である」と伝統と美を追求する心意気を強く感じました。

 

 

今右衛門先生、スタッフの皆様、お忙しいところありがとうございました!

 

 

 

さあ!疲れが溜まってきていても、セミナーですので、グイグイ参ります!

続いて九州陶磁文化館です。

 

 

こちらは鈴田由紀夫館長を先生に迎え、まずは講義から始まりました。

なぜ、九州の有田近辺にこれだけ多くの窯が存在するのか、なぜ陶磁器の町として栄えたのか、などなど、皆が思う素朴な疑問を拾い上げてくださり思わずうなる瞬間が多くありました。

 

鈴田由紀夫先生

 

続いて館内へ…

鈴田先生から色々なお話しを伺います。伊万里より輸出された磁器がヨーロッパでシャンデリアに変化したり、どんなものが珍重されてきたのか…。

歴史だけでなく磁器になる土の特性や、技法、かつての窯の仕組みなど随所に解説があり、とても時間が足りない!!ちなみに今回訪れた伝統工芸作家の先生の作品も展示してあります。

ここで重要なのが、次の見学場所である「天狗谷窯跡」の登り窯です。模型があり当時の情景を伺い知ることができます。当時の大発明である登り窯、今から観に行くのが待ちきれません。

 

ここで一息つきたいわ、とふと中庭に抜ける扉に目を向けると…

 

 

 

 

かわいい焼き物!そしてトイレも…ちなみに個室毎にデザインが違うのです。訪問された際は要チェックです。

 

 

では引き続き鈴田先生ご案内のもと天狗谷窯跡へ向かいます!

こちらは日本で初めて磁器が焼かれた窯の一つです。「陶器」と「磁器」では焼成温度が違い、「磁器」ができるまで多くの試行錯誤が行われておりました。中国から輸入された白い磁器は当時の日本人の憧れの的でもありました。

 

 

 

車で住宅街を抜け、本当にこんなところに…??と思っていると…視界が急に開けて大きな階段状になった場所が!予想よりもはるかに大きく、高低差があり圧倒されます。頂上から見下ろすとこの高低差がおわかりいただけるかと思います。20ほどの窯元が共有して使い部屋の数が多いほど栄えていた証になったようです。当時この高低差を焼成前の焼き物を担いで上り下りし、火を焚き、焼きあがったものを下す…頂上まで登ってヒーヒー言っている私は想像しただけでフラッ…ふと横を見ると雑草に埋もれて同じような形態の跡が。どうやら10年ごとに窯を作り変えていたようで、右側にはその名残が見て取れました。

 

 

 

つづいて泉山陶石跡へ。

 

 

こちらは有田焼の原料となる陶石の採掘場でした。江戸時代初期、朝鮮人陶工・李参平により発見され、日本で初めて磁器が誕生するきっかけとなった場所です。当時の日本人が憧れた、景徳鎮の白い磁器が日本でも生産されるようになり、今日訪れた柿右衛門様式や色鍋島へと続く「磁器」のはじまりの場所です。山ひとつ大きく削り、陶石としてどれほど採掘されてきたかその迫力から伝わってきました。右奥に見える凹っと大きくあいた2つの穴。

より白を求め、奥へ奥へと進んでいった跡とのこと。もちろん人の手で。夜にライトを当て斜光線で見るとノミやツルハシのあとが見えるとも言います。

 

 

実は鈴田先生、あのブラタモリの有田特集でもご案内されたそうです!

随所に散りばめられた先生の見識は、さぞやタモリさんも魅了したことと思います。

そして明日の木版刷り更紗の鈴田滋人先生と、ご兄弟であります!!

お二人とも同じ道ではなく、染織と陶磁器でそれぞれご活躍なさっているのがまたすごいことですね。

最後の方はあいにくの雨模様で、寒い中でも丁寧にご説明いただきました。

 

鈴田先生、お忙しいところありがとうございました!!

 

 

令和元年度「文化財保存修復を目指す人のための実践コース」第4回目は、「九州研修ツアー〜伝統工芸を訪ねる」が1/16~1/18の日程で催行されました。

三輪理事長を団長、本田理事を副団長に、11月に行われた基礎講座講師の森由美先生にも同行いただきました。

 

 

九州セミナー初日、最初の訪問先は「献上博多織」の重要無形文化財保持者である小川規三郎先生の元を訪ねました。

見学先は市内にあるNPO法人博多織技能開発養成学校という、人材育成を主とし、創業及び雇用機会の拡充を支援する学校です。

 

まず初めに小川規三郎先生よりお話しを頂戴いたました。伝統工芸として後世へ伝えて行くことの重要性、そして道具や材料の存続など文化財の世界でも直面している課題の共通性がありました。

 

小川規三郎先生

 

 

早速2班に分かれて学校内の見学へ…

いくつも織機が!!生徒さんでしょうか、制作されている方々がいらっしゃいます。

 

 

 

 

手機と機械で実際に織られている生徒さんからも直接お話しを伺うことができました。

一般の西陣織では経糸に三千本使うのに対し、献上博多織では五千本以上使われるそうで、打ち込みを強く3回行います。これにより緯糸は経糸に包まれる形となり、表に見えている部分は全て経糸のみとなるそうです。織機の構造の説明を受けましたが、非常に複雑で1本1本糸を機械にかける段階で私なら挫折しそう…献上博多織は帯として使うため、擦れや汗で色が褪せぬよう合成染料で色付けを行ってから織るそうです。それにしても織られている作品は色、柄それぞれの生徒さんの個性を垣間見ることができました。伝統的な柄以外にもそれぞれの趣向を凝らしたモダンなものもあり、表現の幅は一つだけではないと思いました。

それと同時に人材育成も伝統工芸における必要不可欠な要素で、こうしたカレッジで学び活躍の場を広げていくこと、そして消費者に献上博多織を広めていくことが、両者へプラスになっていくのだと感じました。

 

小川規三郎先生をはじめ先生方、生徒さん、貴重なお時間をありがとうございました!

 

 

 

初日2箇所目の訪問先は、草木染の甲木恵都子先生の工房です。

 

 

甲木先生は自ら植物の採取、染料つくり、糸染め、図案化、そして仕上げにいたる全工程をご自身でなさっています。

いい環境を求め、東京からこの地へ移り住んだということで、草木染への熱意が伝わってまいります。

 

 

甲木恵都子先生

 

入ってすぐ目についたのは、様々なやさしい色に染め上げられた糸たち…。すぐ隣ではスタッフの方が素敵な着物を織ってらっしゃいました。

受講生の質問に先生が答えてくださるスタイルで始まり、終始お人柄が伝わってくるようなアットホームで和やかな雰囲気でした。

 

 

 

こちらは実際に先生が草木染めにつかう染料の一部です。一番興味を引いたのは、ジップロックに入ったブルーベリーのように見えるこちら…「臭木の実」と書いてありますが、どんな色なのでしょうか。答えはのちほど。

 

お話しを伺った部屋のすぐ脇には染に使うお部屋がありました。きっとあの素敵な色を引き出す秘密がギッシリ詰まっているはずなので、写真はなしです。

 

そして最後は先生の作品が飾られているお部屋へ!

 

 

見とれるほど美しい色と織。袖の格子柄部分にもたくさんの色が使われています。そして生地のやわらかいこと…こちらの着物をつくる裏には、日々木々を愛で、先生が納得のいくまでの試行錯誤が隠れているのですね。お話しのなかで、やはり昨今の気象状況に影響され、思った色がでないこともあるようで、環境が及ぼす影響は計り知れません。植物を相手にしている故の難しさを感じました。

 

さて!さきほどの「臭木の実」の色の正解は、青!!こんなに鮮やかな色が出るんですね。「臭木の実」という名前からは想像がつかない色味でした。

 

 

甲木先生、スタッフの皆様、ご協力ありがとうございました!!

 

 

 

さあ初日ですがドンドン参ります!

3箇所目の訪問先は久留米絣の松枝哲哉・小夜子先生の工房です。

先生の工房は少し山を上がった、自然豊かで四季折々の植物が目にうつる場所にありました。

 

 

松枝哲哉先生

 

まずはじめに工房の2階で先生たちからお話しを頂戴しました。

松枝哲哉先生の御祖父様にあたる松枝玉記さまは重要無形文化財技術保持者として認定され活動されてきました。製作当時の映像を拝見し、久留米絣の歴史や技法を、実作品を見ながら学びました。

先生の工房では図案から糸染め(※1)から織まで36工程を全て行っております。

これまでの先生方もそうでしたが、皆様1からすべての工程をご自身でなさる…凄いという言葉以外でません。

 

つづいて下の階に移動し、織の工程と染色の工程と二班に分かれ順に見学しました。

まずは染色の方から。床に藍が入った甕がいくつあり、実際に布を浸す作業を見せてくださいました。

藍は空気に触れる(酸化)とあの鮮やかな色に発色するそうで、白い糸を染める時は、その変化が如実にわかるようです。

 

藍の効果は染料としてだけではなく、本来は薬草であり、これまで解毒や虫よけとしても使われてきました。きっと古文書などの表紙に藍染の紙が使われているのを見た方もいらっしゃるかもしれません。

そして先生のお話しで驚いたのは、幕末期に織られた布から藍・藍菌を取り出し培養したところ藍菌が繊維中に生き続けていることを確認したそうです!!先生はアレルギー性皮膚炎にも効果的ではという研究にもご協力されているそうで、医学の分野でも期待が高まりますね!

 

松枝小夜子先生

 

さて続いて織の工程を見学させていただきました。こちらは奥様の小夜子先生からご説明いただきました。

と、織より染めよりその前に大事な工程、絵糸書と手くびり!

絵糸書とは、台に張られた糸面に模様の上書きを行います。1本1本よじりながら、書き漏れがないよう緯糸の絣になる部分に墨をつけていく作業です。そしてこの工程が次の手くびりにつながるわけです。後に続く染色の工程で「染めたくない部分」を括っていきます。これに使われるのが「粗苧(あらそう)」と呼ばれる麻の表皮です。染める時にほどけぬよう、かつ染色後にほどけやすいよう絶妙な手加減で括ることが求められます。

ちなみにこの二つの工程は経糸・緯糸両方に必要な工程です…

 

そして!このあと織へ。前述した経糸緯糸をあわせて柄を織りだしていきますが、経糸を張るというだけでも難しく、素人には頭がついていきませんでした。

工房の2階は松枝先生ご夫婦の作品と、お父様の玉記様の作品や、小学生への体験学習のパネル紹介など、製作だけでなく久留米絣の普及活動にもご尽力なさっています。

小川先生の献上博多織もですが、次世代に担うため失わせてはいけない技術が結集した1日でした。

 

松枝哲哉先生、小夜子先生、スタッフの皆様ありがとうございました!

 

※1

藍染めといいましても、この藍の「蒅(すくも)」という、藍の葉を乾燥し、泥状の発酵物をつくりだした

先人の知恵に感謝し、その蒅を発酵建てという技法で、藍の染料分を引出す。

そのために10日から2週間の間、藍の管理をしながら、染料を引き出してくるという発酵屋の仕事をするのです。それから、36工程の絣の技術を進めていきますので、このように労力と気の入る仕事というのは、もしかしますと地球上でも稀な染織品なのかもしれませんね。

3日目午前は、東京藝術大学非常勤講師の松本達弥先生による「漆工品の修復」です。

 

 

漆芸作家であり、修復者でもある先生のお話は、様々な視点で私たちをお話に引き込んでくれました。漆や他の分野においても言えることですが、自身で扱う修復材料・制作材料には、常に触れ、感じ理解することが重要と強調されていました。友達になるような付き合いが大事なのだと実感しました。

 

先生は国内外でのワークショップやシンポジウムも多く行っており、修復の実演、技術指導を通した人材育成に積極的に取り組まれています。

海外の修復アトリエへの訪問、研究発表※など先生の幅広いご活躍がすごい!

(※東日本大震災において被災した漆工品のレスキューについて)

 

先生のお話の中に“漆芸文化財は日本および世界の宝である”という言葉がありました。この宝を後世に伝えるため、修復とメンテナンスを持続的に行っていくには「人材育成」が重要課題です。

 

 

先生のこだわりのお仕事道具も拝見しました。自分にあった使いやすい道具を自作しておられます。「無ければ作る。」既製品に慣れた次世代に心してほしい言葉です。

 

写真は麦漆を作っているところです。接着剤として使用するにも、混ぜ合わせた後すぐ使うのではなく(使う場合もある)一旦時間をおいて、その時の修復品と相性のよい麦漆の状態になったら使用することも大事だそうです。なるほどです。

 

先生の作品もとても素敵です。展覧会のご予定が後ございましたら是非JCPにもご案内をお願いします!

 

 

 

 

午後最後の講義は、金沢大学人間社会研究域附属国際文化資源学研究センターの神谷嘉美先生による「漆という素材を理解するための基礎知識」です。

 

 

最初に、貴重な漆搔きの映像を拝見しました。

漆搔きの道具製作の職人さんの減少も深刻で、多くの分野における課題です。

 

漆の実のお話も面白く、実の周りには蝋成分のコーティングがあり、ろうそくの原材料になるそうです。

 

最後の漆塗膜の劣化“壊れることを認識して漆文化財を理解する”では、先生が制作した漆器類の劣化を例に、低分子化した塗膜の修復の難しさ、紫外線劣化実験後の表面画像やSEM画像を見せていただきました。

先生のお話には漆に関する地場産業への興味と理解が溢れていて、スライドには、研究の過程でやってみました!ということがたくさん盛り込まれており、研究者としてのあるべき姿に感銘を受けました。

 

そして、先生は毎年沖縄へ足を運んでおり、琉球漆器などの調査も行っていました。最近の言葉にならない悲しい出来事が首里城火災です。首里城には漆下地が施されて、下塗りは漆塗装でした。

スライドで現地の様子を目の当たりにすると心苦しいです。JCPとしても今後の復興についてご協力できることがあれば行なっていきたいと思います。

 

語りつくせない漆のお話。先生の漆愛が伝わってきました。

 

漆科の植物の実、和ろうそくも美しい… 

 

 

実をつぶすと白っぽいものが、これが蝋成分です

 

お忙しいところ、貴重なご講義をありがとうございました!

2日目の午前は、帝京大学文化財研究所助教の村上夏希先生による「科学の目で視た陶磁器」です。

 

 

陶磁器の素地(胎土)である〝粘土”、地球は粘土の惑星とも言えます。

一括りに粘土と言っても、産地が違えば成分も違います。

 

最初に、地球を宇宙から見たアングルで地殻運動から生まれる粘土のご説明があり、その後、原子レベルで見る粘土の科学的構造の説明となり、その対比が面白かったです。

 

磁器の原料である陶石も粘土の一部で、詳細に科学式を加えてご講義いただきました。

先生は陶磁器を見て「きれいだな」と思い、この「きれい」はどのような構造と現象で成り立っているのだろうというところから現在の研究が始まったようです。

 

※もう少し科学式などを詳細に書きたいのですが、私の力が及びません(苦笑)すみませんがご了承ください。

 

 

多種多様な岩石をいろいろと見せていただきました。写真の石には生物の化石もみえます。

先生ありがとうございました!

 

 

 

陶磁器と漆工品は可逆的な修復が難しい分野とされ、長く議論の対象となってきました。

午後は、修復の現場に立つ先生方と受講者の皆さんでディスカッションを展開していただきたいと思います!

 

登壇者の先生をご紹介!(アイウエオ順)

石原道知先生(武蔵野文化財修復研究所 所長)

北野珠子先生(東京藝術大学大学院准教授)

野中昭美先生(東京国立博物館 学芸研究部 保存修復課 保存修復室 研究員)

松本達弥先生(東京藝術大学非常勤講師)

村上夏希先生(帝京大学文化財研究所助教)

森由美先生(陶磁研究家)

 

司会は弊機構事務局長の八木が務めました。

 

左から野中先生、北野先生、石原先生、松本先生、森先生、村上先生

 

まず、受講者の皆さんに自己紹介を兼ねて受講理由と修復技術者に対するイメージを話してもらいました。11名の受講者さんのうち、技術者さんはおられませんでしたが、工芸品の取り扱いや、知識と工芸品の修復に関する知見を深めるため…etc…様々でした。

修復技術者に対するイメージでは、多くが「医者」というイメージのようでした。なるほど確かに。

 

博物館職員・技術者として修復に携わっていらっしゃる野中先生、ご自身で工房を立ち上げ修復をされている石原先生それぞれのお仕事のお話。

大学で修復研究指導を行う北野先生、制作者として携わる松本先生の修復のお話。

保存科学者である森先生と村上先生のお話。

 

バリエーションに富んだ内容のディスカッション、時間がすぎるのが早い…

 

そして、陶磁漆工品における「可逆性」について…

可逆性の材料を使っているからといって時間が戻せるわけではなく、可逆性材料を溶かしたとき、素材によっては完全には取れない場合もあり、逆に危ないのでは?との意見も。処置は10年、20年先を見据えて選ぶこと、修復処置記録(報告書)の重要性も先生方は強調されていました。

また、非破壊分析調査は、実は非破壊ではなく、目に見えないレベルでのダメージであることも念頭に置き、行う理由にきちんとした責任を持つことも重要です。

 

ブログでは充分にお伝えすることが難しいのですが、参加された受講者の皆さんにとって有意義な時間となっていれば幸いです。受講者からの質問も多く、皆さん興味津々のようでした!