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[菜友館]松村博行のブログ

元自衛隊
元空挺部隊

見知らぬ地域で
農業からの様々な事業展開中。

その中で感じた事をひたすら書いてるブログになります♪
\(•ㅂ•)/

何だかんだと
全く分からない状態から
一次産業を新規で初めて
何だかんだと10年。

ほんっと色々な事があったし
ほんっと色々な事を学ばせてもらった。

今じゃ何屋か分からない。笑

自分なりに
一次産業から現在までを
実体験から生々しく書いてみると…

ざっくりと
経緯はこうなる
1、2年目→農業のみ
2年~5年目→農業と加工品
5年~10年目→加工品と飲食
みたいな感じ。

最初はとにかく農産物を
がむしゃらに栽培しては販売
の繰り返し。

この頃は石川県内が
どこが何市か何町かもわからないし
知り合いも全くいない。
話す人もほぼ0。
相談なんて出来る人すら0。

販売の経験も無ければ
「いらっしゃませ」
「ありがとうございます」
すんなり言える状態じゃないぐらい
販売が苦手だったし
なるべく人に関わらず、ひっそり畑やって
のんびり「焼き芋屋」でもやって
とにかく静かに暮らしたかったのが本音。

現場の具体的な状態はというと
1年、2年目の収穫量としては
ジャガイモが8屯ぐらい
サツマイモは10屯ぐらいと
人参が2屯ぐらい。

で、問題なのは…
売り方が
全くわからなかった。汗

とりあえず金沢のイベント調べて
ジャガイモを車に積めるだけ積んで
「ジャガイモのみ」
販売。

しかも無農薬のジャガイモを
1kg袋売り=250~300円ぐらいで
販売してた。

お客さんに
「こんなにいらんから小分けして!」
とか
「安すぎない!?」
とか
「重すぎて持って帰れない!」
とか
「他の野菜はないの?」
とか
いっぱい色々
と言われたのを覚えてる。笑

今考えると

「確かに!」
としか言えない。汗

特に狙ってそういう販売スタンスを取ったわけじゃなくて、
ただ、がむしゃらな販売だったから
まわりの農家さん達は
「トマト」やら「パプリカ」やら
ブースが華やか!

うちは
「ジャガイモ」のみ。
ブースが
究極に地味。

しかも、わけのわからない
販売スタンス。汗

この時、考えてたのは
うちは「わからないから、わからない」
って販売スタンスは
実体験nowだから
そのまま素直に自分の色にしよう!
ってのが
逆に販売スタンスだった。

それが本当の原点。

同時に
売れてる人はこうしてる!
とか
売れてる人はこんな販売しない!
とか
販売スタンスを考え直した方がいい!
とか
これじゃ売れない!
とかも

いっぱい言われた。笑

これも「確かに」

でも、それは
売れた人の話。

うちらは
売り方すらわからない人。

だから
売れてる人の真似をしたら
売れてる人にならない
ってのが
自分の考えだった。

大事なのは
売れてる人になるんじゃなくて
売り方を知らない人が売る事。
その時の素直な状態だし
素直な経験。

たぶん、「売れてる人」を
目指したら
今には繋がってない。

売り方を知らない人だったからこそ
今がある。
ってのは確信。

それは今だに知らないし
今だに面白い。

理由としては
心の底から「売り方」を
知ってしまったら
たぶん、俺は「売る」って事を
やめる。

だってその上が無くなるし。
もう「充分」って事だから
知る必要も、試す必要も無くなる。

だからやる必要がなくなる。
「売り方がわからない」
って事は
今だに自分の活力だし
なるほどなぁ…
繰り返しになってるのは
「確か」

売る事って
分解して考えると
「物」「時間」「お金」
結果

みたいになる。

例えば
サツマイモ
生産、販売で考えると
ざっくりした数字で書けば
生産=栽培時期が
だいたい5月~11月
だとして
「半年」って時間を使う。

その「半年」に
面積、作業時間、作業人数
の質量みたいな中身を伴う。

ここは「絶対的数字」
大事なのは
1人の作業時間、作業面積
作業内容
ってのは
人である以上
人の2倍、3倍ってのは
絶対に無理。

人に与えられた時間は
平等。

これは絶対的。

改善策としては
機械化。

例えば

現状
1日に収穫量が1屯分
植え付け能力があって
収穫能力が1屯分の機械効率があるとしたら

次に考えられるのは
台数の増加
機械のバージョンアップ。
植え付けも収穫量も倍の能力化とかね

同時に、収穫後の処理能力も
比例させていかないと
すべては倍にならない。

これが倍になって
始めて「売り上げ」は倍になる
下準備が完了。

つまり、売り上げを「倍」にしたい
って願望に
設備投資費用がキャパを超えたら
永遠に願望は終わらない。

大事なのは
1人=どれぐらい
って割り出しが出来ないと
ループから絶対に抜けない。

そして、1人に与えられてる
「時間」と「能力」には
限りがある

なんぼ「不器用な人」と「器用な人」
を比べても
5倍とか10倍とかは
変わらない。

これは、加工品でも
飲食でも「同じ」

あとは「価格」を上げるしかない。

極端な話
うちで言えば「ジャガイモ」が
1kg=2,500円
ってぐらいの
商品価値に出来たのなら
一次産業だけでもOKだと思う。

だけども、それをやらなかった理由としても
なんだか「ジャガイモ」に
色々とレッテル貼り付けては
販売しなきゃならないのも
なんだかなぁ…
って思ってやめた。

人には色々な考え方があるから
書き方に困るけども
俺が「無農薬栽培」した理由は
わからないから。
ってだけであって
特別、地球環境を考えて!
とか
健康を考えて!
とかじゃない。

だって地球環境だとしても
トラクター使うし…
車にも乗るし…
化石燃料を全く使わないで
ゴミを全く出さないで
栽培する方法なんて知らない。
単純に「使わなくて良いものは、使わない」
知らんから。
って、だけだった。

健康の方も同じ。

これは、ある意味
同じ意味なんだけども…
「自分の体」すら
本当の部分は
俺は知らない。

誰かは何は良い
何は悪い
って言っても
確かにそれはそうなんだろうけども…
知らない。
つーか、わからない。

前にも書いたけども
加工品作ってる時に
ある手紙が届いた。
内容は

「うちらの干し芋以外
食べれません。
この干し芋は、私の命なんです。」

って内容。
確かに嬉しい事ではあったんだけども
その後、また手紙が届いて

「梱包のクッション材の
新聞紙を別な物に変えて欲しい」
といった内容だった。
「インクに化学物質過敏症が出てしまう」
って事で
要望にはもちろん応えたんだけども
ある疑問が…

うちのラベルもインクは使ってるし
袋も100%植物由来とかじゃない。

何故、うちのインクと
袋に反応が出ないのか?
の、理由は
俺には正確には答えられなかった。

内容は違えども、そんなケースが
年に数件あって

ある意味、書き方は悪いけども
「うちはこだわってますから!」
って
逆手に取れば
商売にはなったはず。

でも、うちは
宗教にはなりたくなかった。

だから
この頃から
もう、そういう路線は辞めよう。
って考えた。

なんだか、要望に応えてるかもしれないけども
人の弱みとかに入り込んでまで
仕事したくなかったし
期待されても、突き詰めた答えは
俺は「こじつけ」は言えても
本当の理論はわからなかった。

それより、人が楽しんでくれる方!
に考えが変わったのも
そんな時期。

一見、「楽しんで」って
ニュアンスって適当に見える人には
見えるはず。

だけども「楽しむ」って
意外と難しい。

大人になって
「無邪気」になる事って
やってみたらわかるけど
意外と課題が多々あったし
自分自身が自分自身を乗り越えないと
ならなかった。

ただ「無邪気」になるだけなのに。

「無邪気」を舐めてたね。笑

ある意味「無農薬」より
「無邪気」の方が難易度高い。

大人になると
どうしても「世間体」ってのが
壁になるし
これは、知らぬ間に心理に構築されてる。
つまり、催眠術みたいなもの。

これは自分自身で破らないと
誰も破ってくれないし
人それぞれに殻の質が違う。

だけど、何となくだけども
わかった事は
「俺」は「俺」にしか
「売れない」
って事。

ここで書く
「売る」
ってのは
「表現」って意味だけども
これも今ならわかる事で
当時のじゃがいもは
ある意味「俺のじゃがいも」だった
って事。

だから当時
「売れている人」のじゃがいもの真似をしていたら
それは
「俺のじゃがいも」じゃなくて
俺が売ってても
「売れてる人のじゃがいも」
になってしまった。
って事。

そして
その「時間」ってのは
戻せない。

例えば今
10年間、その販売をしていたら
おそらく「俺のじゃがいも」には戻せない。

ずっと等身大だった今だから
ずっと等身大で良かったし
ずっと等身大をこれからも
何よりも「大事」に
って言える。

これは誰でも出来る。
だから、これから何かを始めようとする人は
恐がらずに
「自分」を信じて
「自分」のスタンスだけを
悩んで、続けて
それを大事に財産に育てて欲しい。
それが本当の価値だと思う。

もちろん最初は
味方なんていない。
だいたいは「批判」「否定」
それはオリジナルだからこそ。
間違ってたら
素直に直せば良いし
間違えすら、ストーリーに変えるべき。
だいたいの人は
ここで意地を張る。
それはダメ。
間違えは間違え。
間違えて当たり前。
知らないだから。
間違えたら、知る。
これは当たり前。

謙虚を常に
信念も常に
過信は捨てて
自信だけは忘れずに

そのうち、理解してくれる人が
知らぬ間に増える。
それは何より有難い事。
「見てくれている人」は
必ずいる。

ってのを
10年前の俺には言いたいかなぁ…

たぶん「あんたは、色々な経験があるから
そんな事言えるんだ!」
って、素直に聞いてくれないだろうけども…

だけども、誰でも最初は
何も無い。

頑張って悩め。
俺。

って見守るけど。笑

俺は一次産業をしなかったら
こんな事を考えもしなかった。
おそらく「生活」ぐらいしか考えてない。

自分の事ながら
人生なんて働いて
老いて終わりやん?
とか心底思ってた若かれし俺が
こんなに自分と人生について
考えさせるとは
全く思ってなかった。

ある意味
一次産業って凄い。

知らんけど。
( °Д° )