寒い冬も、やっと終わり、毎日、ポカポカと暖かな陽気がつづく、ある春の日の午後のことです。

大きな駅から、郊外の、小さな、駅に、むかって、のんびりと、一台の電車が、はしっていました。

そんな、電車の中、小学校、二、三年生ぐらいの男の子が、うつら、うつら、と気持ち良さそうに、うたた寝を、していました。

その日、男の子は、小学校が春休みにはいったので、おかあさんから、おばちゃんの家まで、お使い物を、届けるよう、頼まれ、その、帰りでした。

おばあちゃんの、家は、男の子の家から少し離れていたので、電車に、乗っていかなければなりませんでした。

いつもは、おとうさんか、おかあさんが、一緒でしたが、その日は、おかあさんから、あなたも、もう、お兄ちゃんなんだから一人で、おばあちゃんちまで、行ってきなさいと、言われたのです。

そんな訳で、男の子は、その時、初めて、自分一人で、駅で、切符を買い、電車に乗り、乗ってからも、ずっと、緊張していました。

そのせいか、帰りの電車の中は、なんとなく、ホッとして、つい、寝てしまったのです。

やがて、そんな、男の子を、乗せた電車は、駅に着きました。

プシューッという、音とともに、出入り口の、ドアが、開くと男の子は、そんなドアの音で、目を、さまし、あわてて、電車の窓から、駅の柱に書かれた駅名を、見ました。

でも、まだ、男の子が、降りる駅ではなったので、ホッとしました。

何人かの人が、その駅で降りていくと、入れ違いに、何人かの人が、電車に、乗り込んできました。

すると、そんな、何人かの中に、一人の、おばあさんがいました。

年は、男の子の、おばあちゃんよりも、もう少し、年上でしょうか。

電車に、乗り込んだ、その、おばあさんは、どこか、空いている席は、ないかと、車内をキョロキョロと見回しました。

けれど、車内の中は、そんなに、混んではいませんでしたが、かといって、空いている席も、ありませんでした。

しかたなく、おばあさんは、電車の、出入り口ドアの、すぐ、そばに、立つと、やがて、電車は、ガクンと、車体を、大きく、ひと揺れさせて、動き出しました。、

すると、そんな電車が、揺れた、拍子に、そのおばあちゃんの、体もガクンと前にかたむき、いまにも、たおれそうになったのです。

「あっ、あぶない」

男の子は、おもわず心の中で、声を、だしてしまいました。

そこで、男の子は、座席から、立ち上がると

なぜだか、ちょっとはずかしかったのですが、おもいきって、その、おばあちゃんに、

「あの・・・おばあちゃん、よかったら、あの席に、すわりませんか?」と、声を、かけたのです。

「えっ?でも、ぼうやは、いいのかい?」

「はい。ぼく、次ぎの、駅で、おりるからいいんです。」

「おや、そうなのかい・・・・。じゃあ、遠慮なく、座らせてもらいますよ。どうも、ありがとうね。」

そういうと、おばあちゃんは、ホッとしたように、男の子が、譲ってくれた座席に、腰掛けました。

やがて、電車は、次の駅に、着きました。

おばあさんは、男の子が、電車から降りる時、もう一度「ぼうや、ほんとに、ありがとうね」と、うれしそうに、お礼言うと、男の子は、なんとなく、てれくさそうに、「はい」と答えると、電車から、降りてゆきました。

電車は、そんな、男の子を、おろすと、出入り口のドアを、しめ、ゆっくりと、次ぎの駅に、向って、走り出しました。

 

車内の、中は、窓から、ぽかぽかと、あたたかな春の日差しが、さしこんで、とっても、いい気持ちです。

その日、おばあさんは、去年、結婚した孫娘が、男の子の赤ちゃんを、生んだので、そんな、赤ちゃんの、顔を、見に出かけた帰りでした。

おばあさんに、とっては、孫のあかちゃんは

ひ孫に、なります。

「それにしても、まさか、ひ孫の、顔が、みられるなんて。わたしも、随分と、長生きでできましたね」

そして、そんな、ひ孫の、赤ちゃんの、顔を、おもいだしながら、おばあさんは、

「それにしても、あの赤ちゃんも、さっきの、男の子のように、優しい子に、そだってほしいわねぇ。」と、小さく独り言をつぶやきました。

やがて電車は次の、駅にと、着きました。

その駅では、降りる人は、だれもなく、何人かの人が、乗り込んでくると、やがて電車は、次の駅へと、走り出しました。

 

すると、そんな駅で乗り込んで来た、人達の中に、ちいさな赤ちゃんを、つれた、まだ年の若い、女の人が、おばあさんの、すぐ目の前の、電車の扉のところに、たっていました。

年は、おばあさんの、孫娘と、おなじぐらいでしょうか。

女の人は、左腕で、あかちゃんを、抱っこし、右の肩からは、小さなハンド・バックと、おおきな、布のショルダー・バックを、さげていました。

きっと、あのショルダー・バックの中には、赤ちゃんの、ミルクやら、おしめやら、あかちゃんを、あやす、おもちゃが、入っているんだろうなと、おばあさんは、おもいました。

そんなことを、おもいながら、おばあさんはその、赤ちゃん連れの、女の人を、みていました。

けれど、しばらくすると、電車が、ゆれるたび、その赤ちゃんを、抱いた女の人の体も、ゆれるので、おばあさんは、いまにも、女の人が、赤ちゃんを、腕から落とすんじゃないかと、気になって気になってしょうがありませんでした。

それに、そんな、年若いおかあさんを、見ていると、つい、孫娘のことを思い出し、おばあさんは、

「あの、娘さん。よかったら、この席に、すわらない?あかちゃんを、抱いて、そうして立っているのは、大変でしょう。」

と、声を、かけたのです。

「はい。でも・・・・。いいんですか。」

「はい、いいんですよ。わたしは、どうせすぐ次の駅で、降りるんですから。だから遠慮しないで、お座りなさい」

「はい、ありがとうございます。」

女の人は、おばあさんが、譲ってくれたその席に、腰を、掛けると、あかちゃんを、自分の、膝の上にのせました。

「おばあさん、本当に、席を、ゆずって、いただいて、助かりました」

「いいえ、いくら、小さな赤ちゃんでも、ずっと、腕に抱いてると、疲れますものね」

それから、二人は、いろいろと、あかちゃん

の事を、話しているうちに、やがて、電車は、おばあさんが、おりる駅に、着きました。

「それじゃ、わたしは、ここで、おりますからね。気をつけて、おいきなさいね。」

「はい。おばあさんも、お気をつけて。」

「はい、どうも、ありがとう」

そして、おばあさんは、駅に、降りると

電車が動き出すまで、ずつと、駅のプラト・ホームから、女の人と赤ちゃんにむかって、ふって、見送りました。

そんな、おばあさんに、見送られた、若い

おかあさんは、腕の中でスヤスヤと気持ちよさそうに寝る、あかちゃんの、寝顔を、見ながら

「よかったわね、ぼうや。あの、親切な、おばあちゃんのおかげで、気持ちよく、おねんねできてるでしょ。」

と、ほほえみかけました。

その、若い女の人は、その日、まだ生まれて、間もない赤ちゃんを、月に一度の健康診断のため、病院まで、連れていった帰りでした。

診察の結果は、あかちゃんは、どこも悪いところはなく、元気にスクスクと、育っているという事でした。

そんな診察の結果に、安心して、ホッとしたせいか、それとも、その日は、病院に行くので、いつもより、すこし早起きしたせいか、つい、ちょっとだけ、うたたねをしてしまい、目を、さますと、電車は、次ぎの駅に、着いていました。

電車からは、何人かの人が降りていきましたが、それでも、空いている席はどこにもありませんでした。

やがて電車は、ガクンと、車体を、ひとゆれさせると、ゆっくりと動き出しました。

すると、その時、女の人が座る、すぐ横のほうから、バタンと、なにかが、倒れる音がしたのです。

「おや?なんの、音かしら?」

すると、その音は、電車の、出いり口の、ドアすぐ、傍にたった、足に、怪我した、おじいさんが、松葉ずえを、倒した音でした。

 

おじいさんは、両方の腕で、二本の松葉杖をつかい、体を、支えていたのですが、電車が、揺れた、拍子に、そのうちの、一本が腕から、はずれてしまったのです。

おじいさんの、左足には、ぐるぐると、いくえにも、白い包帯が、まかれ、なんだか、とっても、痛そうでした。

おじいさんは、

そんな、左足をかばい、なんとか、右足だけで、体をささえ、一生懸命、床から、松葉杖を拾おうとしていました。

けれど、電車が、右に、左にと、ゆれるたび、おじいさんの体も、右に左にと揺れて、なかなか、うまく、ひろえませんでした。

そんな、様子を、見た、女の人は、赤ちゃんを、腕に、抱きかかえると、座席から、立ち上がり、おじいさんの、かわりに、松葉杖を、ひろってあげたのです。

「いや、いや、これは、どうも、ありがとう、ひろっていただいて、たすかりましたよ。」

「いいえ。それよりも、よかったら、わたしの、すわっていた席に、お座りになりませんか?その足じゃ、立っているのが、大変でしょう?」

「えぇ、まあ・・・。でも、あなたも、赤ちゃんを、抱いたまま、立っているのは大変でしょう。」

「えぇ、でも、わたし、次の駅で、おりるんです。だから、遠慮せずに、どうぞ、すわってください。」

すると、おじいさんは、なんだか、ちょっと安心したのか、ほっとした顔をさせ、

「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて、遠慮なく、すわらせいただきますよ。どうも、ありがとう」

と、お礼を、言い、女の人が、すわっていた席に、座らさせてもらいました。

やがて、電車は、次の駅に、着き、出入り口の、ドアが、ひらきました。

「それじゃ、わたしは、この駅で、おりますので、お先に失礼します。」

「いや、いや、今日は、席を譲って、いただいて、本当に、たすかりました。ありがとう」

「いいえ。それよりも、駅の階段の登り降りには、足元を、お気を、つけてくださいね」

「はい、十分に気を、つけます。あなたも、おきをつけて」

やがて、電車は、プシューという、音とともに、ドアを、しめると、ゆっくりと、駅のプラット・ホームを、はなれ、次の駅へと、走り去ってゆきました。

けれど、そんな電車を、見送った若い女の人は、駅の改札口は、向わず、そのまま、プラット・ホームにある、ベンチに、腰かけました。

そして、腕の中で、スヤスヤと、気

持ちよさそうに、眠る赤ちゃんの、寝顔に、むかって

「さあと、じゃ、次ぎの電車が、来るまで、ゆっくり、ここで待ちましょうね。」

と、いいました。

本当は、女の人が、降りる駅は、まだ先だったのです。

でも、そんなことを、言うと、きっと、あの

松葉ずえを、ついた、おじいさんは、遠慮して、座らないだろうと、思い、つい「次の駅で、降ります」と、ウソを、ついてしまったのです。

 

だれもいない、郊外の、その駅の、プラット・ホームは、日当たりがよく、あたたかく、とっても、静かでした。

そして、何本かの、特急電車や、準急電車が、

駅を、通り過ぎていくたび、風が、駅の線路沿いに植えてある、うす桃色の桜の花びらを、まるで、花吹雪のように舞い散らせ、とても、きれいでした。

やがて、そんな桜の花びらを、舞い散らせながら、次の各駅停車の、電車が、駅にはいってきました。

「さてと、それじゃ、早く、おうちに、かえりましょうね。おうちに、帰ったら、すぐに、ミルクを、あげますからね。それまで、いい子にしていてね。」

女の人は、腕の中で、スヤスヤと寝ているあかちゃんに、そう言うとベンチから、立ち上がり、開いたドアから電車に乗り込みました。

電車の中は、ガラガラで、とても空いていました。

すると、少しはなれたところから、突然、「あら、あなたは、さっきのむすめさんじゃありませんか?こっちよ。こっちにおすわりなさい」

と、女の人を、よぶ声が、聞こえたのです。

おどろいて、声のするほうを、見ると、そこには、さっき女の人に、席を、ゆずってくれた、おばあさんが、いました。

女の人は、おばあさんの、すぐとなりのせきに、座ると

「でも、おばあさんは、たしか、さっきの駅

で、降りたのじゃ、ありませんの?」

と、たずねました。

すると、おばあさんは、

「いいえね、実は、あなたが、こんな、おばあさんに、席を、譲られたら、座りにくいだろうと、おもいましてね、つい次ぎの駅で、

降りますと、うそを、ついたんですよ。ごめんなさいね」

と、ちょっと、照れくさそうに、答えたのです。

「でも、それより、あなたこそ、また、この、駅で電車に、のるなんて・・、降りる駅でも、まちがえたの?」

「いいえ、実は、あたしも、さっき、電車のなかで、足を怪我して松葉杖を、ついたおじいさんが、いたので、つい、次ぎの駅で、降りますと、うそを、言って、席を、おゆずりしたんですよ。」

「まあそうだったの。それで、また、この駅で、お会いしたというわけね。」

それから、おばあさんは、すぐとなりに座っている、男の子のほうを、ふりむくと、

「実はね、この子も、わたしに、席を、ゆずって、くれたんですがね、この子も、やっぱ

り、わたしたちと、おなじように次ぎの駅で、降りますとウソをついて、席をゆずってくれたんですよ。」

と、女の人にいいました。

「あら、そうなの?ぼうや」

「うん。ぼく、おばちゃんに、席どうぞっていうの、なんとなく、恥ずかしかったから、つい、次の駅で、おりますって、うそついちゃったんだ。」

「まあ、そうだったの。でも、たしかに、人に、親切にするときって、ちょっと照れくさくて、うそついちゃう時もあるものね。ねぇ、おばあさん」

「そうですね・・・・。じゃあ、わたしたち、三人、うそつき三人組ですかね。」

すると、三人は、おたがいの、顔を、見合わせると、「ははは・・」「ふふふ・・」「くすくす・・」と、大わらいしました。

「ところで、わたしと、この男の子は、次の、

桜町学園駅まで行くんですけども、あなたは、どちらまで?」

「はい、わたしも、次の桜町学園駅まで、ですが。」

「あら、それは、ちょうどよかったわ。

実はね、わたし、息子といっしょに、桜町学園駅で、小さなおだんご屋を、やってるんですけどね、よかったら、二人とも、ちょっと、よらない。むすこの作るおだんごは、とっても、おいしいですよ。」

「ぼく、行く。おだんご、大好き」

「そうですね・・・。じゃ、わたしも、そろそろ、赤ちゃんに、ミルクを、やる時間なので、えんりょなく、よらせていただきます。」

すると、おばあさんは、顔を、ほころばせ

「そう、よかったわ。今、お店の、前の、桜桜並木は、桜が満開で、とっても、きれいですよ。三人・・・・、じゃ、なくて、赤ちゃんもいれて、四人で、花見でもしましょうかね。」と、うれしそうに、いいました。

そんな、三人を、のせた電車は、両側の線路沿いに何本もの桜の木植えられていて、まるで、桜の花のトンネルの中を、走るようにのんびりと、桜町学園駅にむかってゆきました

 

 

おわり