と言います。

御齢82で水玉現代アートのお婆さんなんだが、縦横2m のキャンパスに向かうと、車椅子から身を乗り出して助手のアッチャンに[筆に絵の具付けて]と催促す。自力歩行は困難成れども、(筆を持つと頭の中のファーファーが飛んで行くわ)と言います。

10年振りのニューヨークでのルイ・ヴィトンとのコラボレーションは、赤いカツラを被り、水玉衣裳を纏い、水玉サングラスに水玉靴の出で立ちに加え、車椅子での報道陣前に出て、全くの草間英語を駆使するその体は、惜しげなく自分を晒して草間彌生ワールドを演出するのであり、だから一個一千万円の水玉バックをルイヴィトンは強力に売り、客も買う。世界中に四百何店のルイヴィトン店が一斉にキャンペーンを打つ異様さは、正に凄いに着きます。

最後に草間氏のポリシーを記します。[作品に向かうのは、私の精神の発露でね、名を残した作家、芸術家は精神が作品に現れていますわ]と言い切った。了。
だんだんと、今流れているJazzのas(アルトサックス)は誰ですかね?と。

果してC.パーカーかソニースティット? ソニークリス? と頭の中でフレーズを聴いて、もうれつに記憶をフル回転する時のおもしろ味は、聞けば聴くほど楽しくなり又、新人の若き女性ピアニストの技量をおし量り、この人は合うかな! ウーン、ちと、駄目プレーヤーか! と勝手に納得するのも許される音楽がJazzと理解している現状ですね。

落語と感覚は近いと思います。円生、志ん生、円歌、可楽、とそれぞれの個性を発揮する演目がジャズ屋に近い音楽空間を感じますね。聴く人の自由さがJazzには有りますから、好き、嫌いは自己責任です。