格好良い。
北海道グルーブキャンプに4beatの人達ばかりで無く、こういう人にも来て欲しい。
you tubeのミシェルのレクチャーには、ギターのデイビッドフュージンスキーもちゃっかり参加している。

PIANO PHASE-Hiromi
上原ひろみが好きだ。

色んな面で注目されているが、何よりも技術が好きだ。強靭な左手とブレないリズムに憧れている。彼女が「PLACE TO BE」というソロアルバムを出した時のライブを観に行ったのだが、感動して涙が出てきた。

圧倒的なピアノの技術に、だ。

「音楽性」「気持ち」「その人のバックグラウンド」「表現」等、「このアーティストが好き」と言う際には、色々な要素が取り上げられるが、何よりもまず「圧倒的な技術」ありきだと思う。

誤解を恐れず言えば、「表現」や「音楽性(というものが在るのであれば)」は、技術が有れば簡単に超えてしまう。

莫大な練習量があって初めて、そこで培われた精神力が「表現力」となって表れる。

この、「技術→表現」のプロセスを間違えている(と僕には感じられる)音楽は、すごくつまらない。

「受け取る人次第」「感じ方は人それぞれ」と言ってしまえばそれまでなのだけれど、そもそもそんな事は音楽に限った事だけではなく、言葉を使うコミュニケーションや、もっと言えば一人一人の人生自体が「それぞれの感じ方次第」なのだから、そんな事を言いたい訳では無くて、
 
つまらない物につまらないお金を払ったり、感動している人を見るのが、「なんだかなぁ」と思う。

批判したり、文句を言う事で解決が出来るのならそれも良いのかもしれないが、
仕事柄親子と接する機会が多く、その関係性を見ていると、勉強し続ける親が少ない(=つまらない人間)と思うことが多い。

親は、いつから勉強しなくなるのだろう。
いつから子供にだけ「勉強しろ」と言うだけになるのだろう。

僕は知りたい事が多すぎて(それがお金になる事を知ったのが大きいが)、知るとまた同じだけ知らない事が出てきて、自分はつくづく無知なんだなと痛感している毎日で、それが当たり前で、その姿が子供に影響を与えて相互に成長出来る事が当たり前と感じていたのだが、そう感じていない親が居る事を、社会人になって気付いた。

だから、安易に「親が勉強しないのが悪い」と言うつもりは無いし、それを変えていきたいと思うが、学歴偏重社会が崩れ、変化する世の中で生きのびていくために成長する事を止めた親を見ていると、遣り切れない気持ちになる。死んでいるのと一緒。

その死人と一緒に暮らしている子供が伸びるはずなんて無い



音楽の話から脱線したけれど、僕は言葉を使ってお金を稼ぐから、語彙量を増やすために本を読む。語彙をストックする事と、それを言葉として表現する事はまた別の力なので、実践しながら軌道修正をかける。だから、人から信頼を得たり、お金を得られるのは技術の上に成り立つもので、そこが無い中で「気持ち」が上滑りしている物や人を良く見るので、何だか切ない気持ちになるのと同時に、そういう人たちを巻き込んで全体的な底上げが出来るような感染力を身につけたいと最近は考える。

話は戻るけれど、自分のこうした考えが前提にあるので、ひろみが好きなんだと思う。常に成長し続ける姿勢も素敵だ。