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ココアバターノーツのリハ風景。

別のバンドでクラブのイベントに出た時に、声をかけられてこのバンドに居ますが、今の自分のスキルや考え方が無ければ、このバンドでやっていくことが出来なかったと思っています。

上手いとか下手と言いたいわけでは無く、自分が今「居る」「在る」環境は、在るべくして在ると感じています。

自分ならやっていける、という土台が出来た時に、その「場」や「環境」が与えられるのかも知れません。

そのため、親が死ぬ時も、「死んでも一人でやっていける」という土台が自分に在る時に亡くなるのだと思うのです。

仕事も同じだと考えるのですが、例えばクレーム一つ取っても、それが自分にとって成長の材料にはもちろんなるのですが、クレームを始め辛い(と感じる)事を消化して、ストレスのやり場を自分で考え、生き続けていくことが、果たして「(自分にとって)良い」ことなんでしょうか。

対処して、ポジティブな考えを持ち、次に繋げることそれ自体が自分の糧として良いものか、疑問です。

お金を稼いで生活をするという図式そのものが、疑問です。

家族が破綻しないために働く、というのが原動力ですし、仕事自体も好きで、結果を出したいと思っているので、不自由はあまり無いのですが、実際に結果を出している一方で、この生き方に対して疑問を持っています。

ふと、生き難いなぁと思うのです。

だから、その中で音楽は救いになっているんだと思います。音楽それ自体に貢献したいと思うのですが、先人の残した理論を学ぶだけで精一杯です。もっと表現の枠を広げるためには、練習と、音楽に限らない様々な知識を蓄えるしかないのです。無知は駄目だ。