朝日が昇ればさようなら。
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おれの通っていた小学校では、
クリスマスを前に
「合奏コンクール」というものがあった。

クリスマスにちなんだ曲を
クラスのみんなと合奏するというものだ。

小学生のやることだから
サックスとかホルンといった
複雑そうな楽器を奏でたりはしなかった。

合奏コンクールの花形は、
なんといっても「木琴」だったと思う。

花形にしては地味だけど、
少なくともおれはそう思っていた。

指揮者やシンバルも
目立ってかっこいいけれども、
やはり木琴の魅力にはかなわない。

軽快な音を響かせ
二本のばちを自在に操る姿は、
まさに合奏コンクールの主役であった。

こうやって
木琴を持ち上げておいて言うのは
なんだか恥ずかしいのだけれど、
おれの役割は
その合奏コンクールの主役ともいえる
木琴奏者のすぐ隣で
トライアングルをたたく係だった。


トライアングルとは、
細長い鉄の棒を三角形に曲げて、
それを同じく細長い鉄の棒でたたく、
という楽器だ。

たたくと
「チーン…」という音がする。

わりとみじめだった。


ポコポコと軽快な音を響かせる木琴。

その隣で「チーン…」。

はじめは誰かの陰謀かと思ったものだ。


トライアングル奏者は三人いた。

ポコポコと軽快な音を響かせる木琴。

その隣で
「チーン…チーン…チーン…(ハーモニー)」。

あとには誰かの陰謀であることを
確信したものだ。


一応、楽器別に練習などをした。

部屋の片隅で
トライアングルを手にとり
寄り添う三人。

無言である。

「チーン…」という音だけが響く。

そこだけ別世界だ。

遠くから木琴の
軽快な音が聞こえてくる。

先生はたいていそっちにいる。

たまにこちらの世界にやってきて、
我々の練習ぶりを観察する。

三人は並んで
「チーン…チーン…チーン…」。

先生は満面の笑顔で
「上手い、上手い」と言ってくれた。

とても嬉しくなかった。


そんなこんなで、
トライアングルに嫌気がさしていたころ、
転機がやってきた。

「木琴奏者をもう一人増やそう」
と先生は言った。

「どうも音のバランスが悪い」
らしいので
「トライアングル奏者をひとり減らしたい」
そうだ。

なかなか失礼なことを言う先生だ。

ともあれ、
われわれ三人のうちから
一人が抜けることになった。

三人はにわかに活気付いた。

そう、これでこそクリスマスである。


先生はいまだ三人のうち
誰を木琴奏者にするのか
考えていないようであった。

この数少ないチャンスを
なんとかつかもうと、
おれは必死でアピールした。

先生の目に止まらんとして、
発情した猿のように
トライアングルを激しく打ち鳴らした。

幸せは自らの手で
つかみとらなければならない。

そして、それは効を奏した。

先生はおれの激しいアピールに
心を打たれて、こう言った。

「トライアングルが好きみたいだね」。


その後、
木琴奏者に選ばれた
裏切り者を横目で見ながら思った。

「けっ、先公に媚びやがって」


それから、
ますます練習は暗くなった。

二人で向かい合って
トライアングルをたたく。

あちらから「チーン…」、
こちらからも「チーン…」。

托鉢僧だって
もう少し元気に行脚するだろう。

ともかく我々は
沈み込むばかりであった。

おそらく、
先のようなチャンスは
もう二度と巡ってこないだろうと思っていた。

小説じゃあるまいし、
そうそう都合のいい展開には
ならないだろう。

まったくそのとおりで、
そのまま本番がやってきた。


おれの晴れ舞台にふさわしく、
空はどんよりと濁っていた。

たった数分間のことだ。

これぐらいで
くじけたりはしないぞ。

そう自分に言い聞かせた。

それに、
おれはひとりじゃない。

ひとりでトライアングルをたたくのは
猛烈に寂しいけれど、
おれには仲間がいる。

合奏コンクールで
目立つことなんかより、
おれはもうひとりの
トライアングラーとの友情を大切にしたい。

きれいごとかもしれないけれど、
おれは彼を裏切ったりしない。



そう思っていたら、
彼は本番を欠席した。







では、また。